第10話 ゴブリンの洞窟

 鬱蒼と茂る森の中を歩くこと数時間。


「そろそろ休憩するか」


 ギルベルトのその一言で、死にそうになっていた私はへなへなと近くの大木にもたれかかった。目の前にちょうど座りやすい木の根っこがあったので、そこに腰を下ろす。

 村にティアナを探しに行った翌日の早朝、私の体力も回復したと判断したギルベルトは、まとめてあった荷物を持って出発した。いつもより大きめの麻袋を肩に担ぎ、腰には剣を差している。

 服装も打って変わって、背中にはモスグリーンのマント、上半身から腰に掛けては鎧を身に着け、いかにも剣士といった風情だ。


「パンと水だ」


 麻袋から出した食料を渡すと、彼も近くの木の根に腰を下ろす。


「ゴブリンの洞窟ってもうすぐなの?」


 代り映えしない森を歩き続け、今やどこに向かって歩いているのかもわからない。出発した村はどの方向だろう。あれ……? 嫌な予感がする。


「まさか迷ってたりしないよね⁉」


 何を隠そうギルベルトは大の方向音痴。

 村ではその能力を発揮しなかったので、すっかり忘れていた。


「いやいやいや、迷わないだろ、普通」


 若干、いつもより焦りの色が見える。


「じゃあ、ここはどこなの? ゴブリンの洞窟との距離はどのくらいなの?」


 詰め寄るように問うと、ギルベルトは視線を逸らして頭を掻いた。


「便利なものがあってだな……」


 彼は腰に付けた革袋から、手の中にすっぽり収まるものを取り出す。


「村から出て、まっすぐ西に行けば着く、と……じいさんから聞いたんだ」


 それは方位磁石のようだった。

 なるほど、時々手元を見ていたのかこれかと納得しつつ、やはり不安が広がっていく。

 ただ西へ行けば良いなんて、実に大雑把じゃないか。

 そんな気持ちが顔に出ていたのか、ギルベルトがむきになる。


「お前、俺を信用してないな? 大丈夫だ。俺も一度、じいさんに連れて行ってもらったことがあって、なんとなくだが目印は覚えてる。安心しろ」


 目印って……。この木ばかりの森で、何が目印になるというのか。

 けれど、目の前で必死に言い募るギルベルトは、いかにもギルベルトらしい。

それが何だか嬉しい。ゲームの中盤で、ティアナとやりとりしていた時の雰囲気そのものだ。

 出会ってからのギルベルトは、ただただ無愛想で、口数も少なかった。それでいて、いきなり真顔でお姫様抱っこをしたり、甘い台詞を吐くのだから質が悪い。


「今半分より少し超えたくらいだ。あと、話しておかなければな」


 ギルベルトは居住まいを正して、こちらを見た。

 真剣な表情が、彼の顔をますます男らしく見せる。


「俺がゴブリンの洞窟を目指す理由、それは財宝だ」


「財宝?」


 財宝目当てとは、まるでトレジャーハンターだ。

 何となく、近隣の村々から依頼され、ゴブリンを討伐に行くみたいな話だと思っていた。


「訳あって、資金が欲しい。今の持ち合わせでも何とかなることにはなるんだが、やはり余裕がほしいからな」


「訳って、どんな?」


 私が問うと、ギルベルトは話したくないのか眉根を寄せて黙り込む。


「今、ゴブリンの洞窟はもぬけの殻らしい。だから、あらかた財宝は盗まれたあとだ。だが、じいさん曰く、誰にも見つけられないような隠し通路の奥に、財宝を見たことあると言っていた。その場所は何度も聞かされてるから、見つけ方はわかる。それを手に入れたら、すぐ村に戻るつもりだ」


 訳を話す気はないらしい。


「そのおじいさんって、ギルベルトのおじいさん?」


「ああ。俺の父方の祖父だ。育ての親でもある。……もういないけどな」


 ギルベルトは微かに表情を和らげた。


「ギルはおじいさんが大好きだったんだね」


 ギルベルトは眉間に皺を寄せ、険しい表情になる。でも、顔は赤いので、照れ隠しのようだった。


「大の男だぞ、じいさんが好きなんてありえないだろ」


 思わず笑うと、


「何がおかしいんだよ」


 ギルベルトはそっぽを向いた。耳まで赤い。

 少し幼い感じを受けるのは、私の知っている彼よりも、二歳若いからかな。

 しばらく休憩してから、また出発した。

 方位磁石と、ギルベルトの記憶が頼りという心許ない状況だったが、思いのほかあっさり洞窟は見つかった。しかも短時間で。


「近かったね。さっき、まだ半分超えたくらいっていうから、覚悟してたけど」


 剥き出しの崖にぽっかり空く大きな穴が入り口のようだった。

 真っ暗なはずの洞窟の中に、ゆらゆらと動く橙色の光が見える。


「しっ!」


 ギルベルトが背後から私の口を手で覆い、そのまま抱き寄せ、木の陰に隠れる。

 驚いて見上げると、彼は洞窟の入り口に鋭い視線を向けている。


「何かいる」


 耳元でそう囁くと、口元から手を放し、しゃがむよう指示する。私は指示通り、小さくしゃがみこんだ。


「ゴブリンだ!」


 私からは見えないのだが、ギルベルトはゴブリンの姿を確認したようで、さっと木の陰に完全に体を隠した。そして、唇に人差し指を当て、私の手を引き、屈みこみながら素早くその場を後にした。

 そのまま黙ってしばらく移動すると、ようやくギルベルトは私の手を放して、座りやすそうな木の根に腰を下ろした。


「悪かったな……まさか、ゴブリンたちが戻って来ているとは思わなかった」


 ギルベルトは大きく開いた足の間にだらんと手を下ろして、天を仰ぐ。


「計画失敗か……まあ、それも仕方ない。ゴブリンたちを刺激するわけにもいかないしな」


 ギルベルトはため息をついてから、


「馬鹿だと思ってるだろ、お前」


 自嘲気味に笑うので、私は首をぶんぶん振った。


「思ってない! スリル満点だったね! でも、怖いから早く帰りたい」


 ギルベルトは困ったような顔をしてから、視線を逸らす。


「お前……変わった奴だな」


 そして、口元を緩めた。


「とんだお笑い種ですね。正確な情報も仕入れないで行動するとは」


 いきなり声が降ってきたので、驚いて声の主を探す。

 近くの木の上に、一人の男が立っていた。

「誰だ!」


 ギルベルトが立ち上がり、剣の柄に手を掛ける。


「名乗るほどの者ではありませんよ」


 慇懃に話すその男は、薄い水色のような髪を肩まで伸ばし、切れ長の目は青かった。印象的な声から、すぐに声優さんの顔が浮かぶ。


「それより、あなた。こんなところにミアさんを連れて来てどういうつもりです? 死なせる気ですか?」


「なぜ、ミアの名を知っている?」


 ギルベルトは、キッと男を睨みつけ、剣を抜いて身構える。銀色の剣身がきらりと光った。


「それは、僕が彼女を迎えに来たからですよ」


 男は不敵な笑みを浮かべた。

 その瞳には怪しげな色が浮かび、身体が硬直してしまう。

 ギルベルトが庇うように私の前に立ち塞がった。


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