第7話 いざ、ヨルンの村へ

 次に目が覚めると、朝だった。

 起き上がると、体は軽くて動けそうだ。

 でも、空腹で、若干ふらふらする感じがある。

 部屋を出ると、ギルベルトがテーブルについて林檎を齧っていた。


「起きたのか? 体は大丈夫か?」


 私は頷いて、少しおぼつかない足取りで、ギルベルトの対面の椅子の腰を下ろす。


「少し何か食べれば大丈夫そう」


 ギルベルトは即座に台所にある黒い鍋から、お玉らしきもので木のお椀にどろっとしたものをよそい、私の前に持ってきた。

 お椀からは白い湯気が立ち、キノコのような良い匂いが香っている。


「これを食べろ」


 ギルベルトはテーブルにお椀を置き、すぐに木のスプーンを取ってくると私に手渡してくれた。


「ありがとう」


 一匙掬って、口に運ぶ。ミルク感の薄いシチューのようなものだった。空腹の体にすーっと染み込んでいく。体にも心にもじわじわと温かさが広がった。


「おいしい」


 私が微笑むと、ギルベルトは頷いて自分の席に戻る。

 ギルベルトが作ってくれたのだろうか。

 彼が台所で料理する姿を想像して、ほっこりする。

 お椀が空になると、ギルベルトが「おかわりは?」と聞いた。

 それが何だか面白くてつい笑ってしまう。

 ギルベルトは眉を寄せて、拗ねたようにお椀とスプーンを片づけた。


「今日はゆっくり休め。お前の体調が戻ってから出発する」


「私、もう大丈夫だよ?」


 ギルベルトは首を振った。


「病み上がりの奴に、旅は無理だ」


 確かにいきなり冒険は無理かもしれないが、歩くことはできる。

 それに、行動を起こしたくてうずうずしている!


「それなら、村に行ってみたい」


 ギルベルトが意外そうな顔をする。


「何をしに?」


「旅支度……とか?」


「それはもう済ませた」


「お店を見たら、これ必要! って思うものがあるかもしれないし、ね?」


 懇願すると、ギルベルトはため息をついて渋々頷いた。


「無理はするなよ。気分が悪くなればすぐ言え。担いで帰るから」


「大丈夫、大丈夫」


 慌てて首をぶんぶん振った私を見て、ギルベルトは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに立ち上がり「じゃあ、行くか」と支度をはじめた。

 私も買ってきてもらった紫の大きな布に水晶玉を包んで持っていくことにする。唯一の武器だ。

 どう持っていくか、試行錯誤した上、どうにかポシェットのように肩から掛けるのスタイルで落ちついた。


(よし! ティアナ探しだ!)


 十三歳のティアナと、十八歳のギルベルトでは釣り合わないと思うし、少々無理があると思うけど、一応念のため主人公の姿は確認しておきたい。

 村へと続く森の中、ギルベルトと私はゆっくりと歩いていく。


「ねえ、ギル。村に、ティアナっていう金髪で巻き毛の女の子はいない?」


「ティアナ……?」


「十三歳くらいだと思うんだけど」


「その年頃の子供は何人かいるからな。顔は見たことあるかもしれないが、見ての通り俺の家は森を挟んだこちら側だ。あまり交流がない」


 ギルベルトの家は民家やお店が並んだ一帯からは離れている。

 ゲームをプレイしている感じでは、幼い頃に多少接触があったのだと思っていたのだけど、どうやら違ったようだ。ただ同郷だっただけで、幼馴染ではない。ゲーム内の立ち位置では、幼馴染のお兄さんというポジションに見えただけに意外ではある。この二年の間に知り合うという可能性もあるにはあるけど。


「そういうお前は、その子と知り合いなのか?」


 私は首を振りかけて、曖昧に頷いた。知らない子のことを話に出すのもおかしな話なので、辻褄合わせに適当なことを並べる。


「実はね、私、記憶喪失みたいなの。占いの館で、ギルと話している途中に、突然記憶がなくなってしまって。今、私がわかることって、私がミアという名前であることと、占いの仕方ぐらい。……ティアナという名前は、占いをしたときに、何となくぼんやり浮かび上がってきて」


 私はちらっとギルベルトを見る。ギルベルトは足を止め、驚いたように目を見開き、こちらを凝視している。


「記憶……喪失……? それって、つまり今までの過去の記憶が一切ないってことか?」


 頷くと、ギルベルトは額に手を当ててしばらく考え込んでいたのだけれど、そのうち労わるような視線を私に向けた。


「いや、確かにおかしいとは思った。正直、性格も……違うしな。ただ、俺はお前とほぼ初対面だったから、お前の性格なんて把握してなかったし、話せばこんなものかと思っていたんだが……そうか、そんな大変な時にすまなかった。あの時、俺が何を言っているのかもわからなかったということだよな」


「気にしないで! 記憶がないだけで、他に何も支障はないから」


「俺は、ゴブリンの洞窟へ行くから、お前もついてきてくれないかと依頼に行ったんだ。そうしたら『私の仕事は占いをすることです』の一点張りで、他には何も言ってくれなくてな。まあ、断ってるつもりだったんだろうが、明らかな拒絶の言葉が出ないと、俺の方も納得できないから」


 ギルベルトは木々を見上げた。

 枝葉でできた天井の隙間から、日の光が微かに差し込んでくる。


「そうか……俺は本当に無理矢理、お前を連れて来たんだな」


 そう呟くギルベルトが何だかひどく悲しそうで、胸がきゅっと痛くなった。


「そんなことないよ! 確かに最初はびっくりしたけど、今は楽しみにしてるんだよ! ゴブリンの洞窟探検! ゴブリンなんて見たことないし、洞窟なんてほとんど行ったことないから、未知なる世界に胸が躍ってるんだよ!」


 ギルベルトは肩を震わせて、くくっと笑った。

 そして、ひとしきり笑うと、目に溜めた涙を袖で拭う。


「悪い……」


 そう呟きながら、また笑いだしそうな顔をする。


(うわああああ、笑った……‼)


 出会ってから、一度も彼が笑ったところを見たことがなかった。

 ギルベルトは、無愛想を顔に張り付けたような人だからと、それを当たり前のことのように受け入れていたけど、こんな顔で笑うことができるんだ。


(やっぱり、彼には笑っていてほしい)


 すっかり仏頂面に戻ったギルベルトが歩き出したので、私はその後を小走りでついて行った。



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