第6話 現状把握と今後の方針

 ふと目を開けると、こちらを不安げに見つめるギルベルトの姿があった。


「ギル……」


 声が掠れている。ギルベルトは急いで水を持ってきて、私の体を起こして飲ませてくれる。


「一体、何があった?」


「占いをしてたの……そうしたら、力が抜けて、目の前が真っ白で」


 まだ頭がぼんやりしている。


「占いは相当な力を使うと聞く。動けるか?」


 私は試しに腕を持ち上げようとしてみたのだが、上手くいかない。

 ギルベルトは、ゆっくり私を横たえた。


「ごめんね、すぐ出発するつもりだったんでしょう?」


 ギルベルトは朝のうちに旅支度を済ませ、昼にはゴブリンの洞窟に向けて出発する気でいたのだ。


「気にするな」


「ねえ、ギル。どうして、私を連れてきたの? ゴブリンの洞窟に行くのに、私の力が必要なの?」


 占いの館でギルベルトに会ったとき、既に会話の途中で、彼が何の返事を待ちなのかわからなかった。でも、今思うと、ゴブリンの洞窟に誘ったのではないかな。その返事をほしいと言っていたんじゃ……?。

 ギルベルトは一度俯いてから、顔を上げた。

 その目は少し悲しげだった。


「お前がよかったんだ」


 その台詞にドキッとした。でもそれ以上に、彼の顔を見ていると切ない気持ちになった。何でこんなに悲しそうな目をするんだろう。


「でも、私は非力だよ。剣も弓も魔法も使えない。占いしかできないのに……それも、こんなふうになっちゃうし」


「そんなことはお前に望んでない。俺は……お前がいればいいんだ。ただ、いてくれれば」


 とても甘い台詞だと思った。ゲームの終盤で言われそうな台詞。

 けれど、私はふわふわと、まどろみの中にいるようで、この言葉に身悶えるするような力はなかった。


「本当、ギルベルトの声は良い声だ」


 私は軽く笑った。

 とたん、疲れを感じ、眠気が襲ってくる。

 

「……なんだよ、それは」


 ギルベルトの呟く声が聞こえた。




 夢の中にいた。

 夢の中の私は、榊美琴の姿をしていた。

 宇宙みたいな空間にいて、ゆらゆらと漂っている。

 現状確認してみようという気になった。

 私は都内の女子大に通うごく普通の十九歳、榊美琴。

 ある日、突然白い光に飲み込まれ、気がついたらミアという少女になっていた。

 この白い光が何なのかは今のところわからない。

 ミアの住む世界は、お気に入りの乙女ゲーム『祝福の女神~黄金色の乙女の章~』の世界だった。

 そこには、私の恋する二次元世界の住民、ギルベルト・ヴォルフの姿があり、その声まで本物のギルベルトそのもの。心地よく響く低音ボイス。

 出会って間もなく、そのギルベルトに連れ出され、ゴブリンの洞窟に同行するよう言われた。

 そして、現在ギルベルトの家にいる。

 ギルベルト不在の中、私は占いの力で、この現状やミアのことを占った。

 おそらく、私は死んでいて、ミアに憑依している状態。

きっとこれは現実だ。

今はミアが戻って来るつもりがないみたいだけど、今後いつ帰って来るかはわからない。これは借り物の体なんだ。

 ミアに体を返す時、おそらく私は死を迎える。

 怖くないかと言ったら嘘になる。でも、今こうしているのだし、死ぬといっても消えることではないよね。

 ミアに返すまでの限られた時間を、大好きなギルベルトの為に使いたい。

 彼は命の期限が迫っている魔物つきだ。聖女に祝福のキスをしてもらえれば、万事解決なのだけど、彼は断固拒否している。その代償ゆえに。

 でも、私は彼に生きて、幸せになってほしい。

 だから、今は彼のやりたいこと——ゴブリンの洞窟探検に喜んでお供しよう。

 そのあと、彼を二年後までにエターニア騎士団に送る方法を見つけよう。

 と考えたところで、もし主人公であるティアナがギルベルト以外の相手を選んだらどうなるのだろうという疑問が浮かぶ。でも、考えても仕方がない。

 とにかく、ギルベルトが長生きしたいと思うようにすれば良いんだ。

 ティアナと出会ったときのように、「まだ生きていたい」と思わせる。

  二年後の主人公との出会いまで、彼は魔物に食われてはいなかった。

 まだ時間はある、はず。

 そうと決まれば、今はゆっくり休んで、消耗した体力を少しでも回復させないと。

 占いとの付き合い方も考えよう。

 日に何度までなら占えるのかとか、力を使いすぎた後どのくらいで回復するのかとか。

 それがわからないと上手く活用することができない。

 華奢で小柄で体力のないミアの体。この占いの力が唯一の武器になる。

 今後の方針が決まると、急に安心して、ふっと意識が途切れた。



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