第5話 占いの力
水晶玉を返すと言って、ギルベルトが私の目の前に、革の鞄から取り出した水晶玉を無造作に置いた。
水晶玉は見事な球体なので、テーブルに置いた瞬間にごろごろと転がりだし、あわや大惨事というところへ、瞬時に伸びたギルベルト手に、間一髪で受け止められた。
「……台座が必要か」
占いの館にいるときは、確かに金色の台座に収まっていた。
「布でも良いかも。大きめの」
紫のベルベッドの座布団を想像してから、持ち運びも考えて、包めるくらい大きな風呂敷の方が良いと考えた。
「大きめの布か。他に必要なものはあるか?」
(ゴブリンの洞窟へ行くのに必要なものってことだよね……)
全く思いつかない。
そもそも、水晶玉だってミアの所持品で、私には何の思い入れもない。
確かに、ギルベルトに言われて、自分のことを見たいと思ったとき、水晶玉の奥にミアに関連する映像が見え、声が聞こえた。でもそれ一度きり。それ以来、ずっとギルベルトが水晶玉を所持していたので、見ることも触ることもできなかった。というより、すっかり存在を忘れていた。
私が手を伸ばすと、ギルベルトが水晶玉を渡してくれた。
手の中のそれをしげしげと眺める。
ひんやりとなめらかな表面、光を受けてキラキラと輝く透明な石。
ずっしりと重く、不思議な力を秘めているように見える。
(占いか……)
あの力は本物だった。もしかしたら、ミアはものすごい能力の持ち主だったのかもしれない。映像を見たとき、「役立たず」という言葉が聞こえたけど、そんなことはないのかも。
水晶の表面に映る黒いローブの美少女の姿が見えた。
(黒いローブの少女……?)
どこかで見た覚えがある。
「あ! 好感度チェックの!」
突然大きな声を出したので、ギルベルトが目を丸くする。
「何かあったのか?」
「いや、こっちの話」
占いの館にいる黒いローブの少女。
これは、ゲームに出てくる主人公の補佐的な役割の人物。主人公が攻略対象の相手との仲がどのくらい進んだのか知りたいとき、街にある〈占いの館ローゼ〉に行くと、占ってもらえるのだ。
ただ、私の知っている占いの少女は、ミアの姿ではない。
(確かに、物語の舞台は今から二年後だし、占い師はたくさんいるだろうし)
ミアがゲームに出てこなくてもおかしくはない。
(ちょっと占ってみようかな……自分のこと)
ギルベルトが一人で買い出しに出掛けたので、私はさっそくベッドの上に水晶玉を置き、その前に正座した。
「今、どんな状況なのか教えてください! これは夢なの? 何でこんなに長いの?」
必死に祈ってから、水晶玉の奥を覗き込む。
すると、最初の時と同じように、水晶玉から光が流れ込み、体中でキラキラと弾ける感覚があった。やがて、水晶玉に映像が現れる。
見慣れた自室が映る。
寝間着姿の私がカーテンを開ける。
全てを飲み込む白い光。
そして——一瞬で消し飛ぶ体。
——紛れもない死の瞬間。
全身から汗が吹き出した。
呼吸が苦しい。
心臓が早鐘を打つ。
とても嫌な感覚が残る。
(私、死んだの……? え、でも、何で? あの光は……何?)
近隣の工場の爆発? それとも核戦争? はたまた隕石の墜落?
そんな可能性が頭に浮かぶ。
(夢じゃないの? これは、夢じゃ?)
手が震えた。
もし、そんなことが起きたなら、街まるごと、もしかしたら日本中。否、地球全土がなくなったかもしれない。
信じられないけれど。信じたくないけれど。
でも、仮にそうだったとして、何で私はミアなんだろう。
ミアに生まれ変わって、過去世の記憶を思い出したら、逆にミアの記憶を忘れてしまったとか? それとも、ミアの体に勝手に憑依したとか? ゲーム世界の人に憑依なんてできるもの?
「ミアは今どこにいるの?」
私は再び水晶玉を覗き込む。
また同じ感覚が襲ってきて、今度は丸い光がふわふわ浮かんでいるのが見えた。
暗闇の中、蛍のようにぼんやりとした光を放っている。
——今はただ眠らせてほしい。
ミアの声が頭に響いてくる。
ミアは確かにいる。それがこの体の中なのか、別のどこなのかわからないけれど、確かに今も生きている。だけど、生きることを拒否して、眠りたいと丸くなっている。
何だか少しほっとした。
私はミア自身ではないようだ。何が起こったのかわからないけど、榊美琴はミアの中に入り込んでいて、本物のミアはただ眠りたいとどこかに浮かんでいる。
それがわかると、頭がふらふらしてきて、目の前が真っ白になった。
私は何とか感覚だけで体を横たえる。
力が入らない。目を開けても前が見えない。
(ミアが体を取り戻そうとしてるのかな……違う、これは)
力を使いすぎた。
直感的にそう感じる。
しばらくずっとその状態に耐えていたが、やがて気絶した。
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