第4話 二人の友人

「おい、何で家になんか戻ってきてるんだよ!」


 大きな声がして、目を開けると、そこには見慣れない天井があった。体をむくりと起こして、周囲をきょろきょろと確認する。木製の小さなテーブルに椅子、腰くらいまでの戸棚。正面の壁に貼られた布製の大きな地図。地図の地形に見覚えがない。


「あれ……私の部屋じゃない……?」


 私の部屋には、勉強机に、洋服箪笥、大きな本棚、壁に貼られた『祝福の女神~黄金色の乙女の章~』の特大ポスター……あー!

 そうだ。昨日、我が愛しのギルベルト・ヴォルフの夢を見たんだ! 

 私はベッドを飛び降りて、裸足のまま部屋のドアを勢いよく開けた。

 そこには、ギルベルトと、他二名、見知らぬ青年が立っていた。


(まだ、夢が続いてる……!)


 嬉しい反面、一抹の不安。


「起きたのか」


 ギルベルトは私を上から下まで眺め、裸足なのを咎めるような目つきをした。

 彼と対峙するように立っていた二人の青年のうち、金髪碧眼で童顔の青年が、こちらを見て目を丸くする。その後ろに立つ大柄で薄茶色の短髪に、髪と同じ色の瞳を持つ逞しい青年もちらっと横目で見て、わずかだが片眉を上げた。


「誰? ……この子。えー! ギルベルトが女の子、連れ込んでるよ⁉」


 童顔の青年が、人差し指をこちらに向けてわなわなと震えている。


「あの、ギルベルトが、女の子! 女の子⁉ 女の子! 女の子を家に連れ込んでるんだよ⁉」


 余程、私の存在が衝撃的だったらしい。

 彼の動揺ぶりにはこちらが申し訳なるくらいだけど、早く指は下ろしてほしい。

 後ろにいた大柄な青年が、その大きな手を童顔の青年の肩の上に置いた。


「ラルス、落ち着け」


 そして、問うような視線をギルベルトに向ける。

 ギルベルトは嘆息した。


「別にいいだろ」


「よかないよ⁉ お前、叙任式はもう明後日だぞ! そんな大事な時に、宿舎抜け出して、さらには、お、女の子なんて連れ込んでさ⁉ どういうつもりなんだよ‼」


 ラルスと呼ばれた青年は、ギルベルトに掴みかかりそうな勢いで捲し立て、


「お前、正式に返事すらしてないんだろ⁉ もう時間がない! 今から団長のところへ行こう! 俺たちも一緒に頭下げるから! さっさと支度しろ!」


 語気を荒げるラルスを横目に、大柄の青年が短く息を吐いてからギルベルトを見やる。


「ラルスはお前を迎えに来たんだ。どうしても行くと、聞かなくてな。……で、実際問題、お前はどうする気なんだ?」


 ギルベルトはつまらなそうな目を二人に向けて、


「叙任式には出ない」


 きっぱり言い放った。

 その言葉を聞いた瞬間、ラルスは信じられない物でも見るようにギルベルトを凝視したあと、火が付いたように怒り出した。その肩は小刻みに震えている。


「何考えてるんだよ! お前、死ぬ気なのか⁉ お前は〈魔物つき〉なんだぞ! どっちにしたって聖女様に仕えるしかない運命だ! それなら堂々と騎士団に入って、すぐにでも〈女神の祝福〉を受けろよ! 手遅れになる前に! お前の命は……」


 大柄の青年がラルスの肩を叩いたので、彼は最後まで言えなかった。


「もう、やめておけ」


「ゲオルグ、止めるなよ! 時間がないんだ」


 ゲオルグと呼ばれた大柄の青年は、首を振った。


「ギルベルトの人生だ。俺たちがどうこう口出しできる問題じゃない」


 ラルスは開きかけた口を引き結び、キッと私を睨みつける。


「悪かったな、ギルベルト」


 ゲオルグはラルスの背を押しながら出て行った。

 二人が行ってしまうと、ギルベルトは疲れたように椅子に腰を下ろす。


——お前、死ぬ気なのか⁉ お前は〈魔物つき〉なんだぞ!


 ラルスの言葉が蘇る。


——それなら堂々と騎士団に入って、すぐにでも〈女神の祝福〉を受けろよ!


 〈魔物つき〉〈女神の祝福〉


 そうだ。これはゲーム内、特にギルベルトにとっては重要な意味を持つ言葉だった。



 この世界には大きく分けて、五つの大陸があり、それぞれが、全知全能の神の子供たちにより守られている。

四つの大陸に取り囲まれるように存在しているのが、一際大きな中央大陸だ。祝福の女神セングレーネの守護下にある、中央大陸を治めるのは、エンガリア王国だ。つまりゲームの舞台。   

エンガリア王国を守護する、偉大な女神の一筋の光を授かるのが、聖女と呼ばれる存在。

 聖女の持つ力は強大で、王都を覆う結界にも影響を及ぼし、全ての者を癒す力があるとされる。もちろん、物理的に傷を負ったものを治すこともできるらしいが、彼女たちの仕事は治癒者ヒーラーではない。その力がある限り、国の安寧と、民の平穏を祈るのだ。

 けれど、〈魔物つき〉と呼ばれる者たちにとって、聖女の存在は特別な意味を持つ。

 魔物つきとは、生まれながらにして、内に魔物を抱いて生まれてくる者たちのこと。

 それは、美しい妖精や凶暴なドラゴンなどらしいが、一緒くたに魔物つきと呼ばれている。彼らは自らの成長と共に、内なる魔物を育て、遅くとも三十路を迎える前には成長した内なる魔物に食い殺される。

 生き延びる唯一の方法は、聖女による〈女神の祝福〉だ。

 聖女が魔物つきに〈女神の祝福〉である〈祝福のキス〉と呼ばれる口づけを与えると、魔物はたちまちのうちに消滅する。でも、かなりの力を消耗するため〈女神の祝福〉には大きな代償を伴うのだ。それは——永遠の服従。


 永遠とはいっても、祝福を与えてくれた聖女の在任中だけなのだけど、それでも年若い人間たちにとって、その代償は重くのしかかった。


(そう、ギルベルトも魔物つきなんだよね)


 彼は、内なる魔物を抱えたまま、聖女専属のエターニア騎士団に入団する。けれど、〈女神の祝福〉を拒んだ。ギルベルトの育ての親である、祖父の言葉。「〝たったひとりの女の子〟を守り抜け」という言葉が心に深く浸透してしまっているようで、聖女に忠誠を誓うというのがどうしても受け入れられなかったらしい。


 そんな彼が、主人公と出会い、生き永らえたいと願うようになる。そして〈女神の祝福〉を受けるのだ。共に生きられなくても、彼女を見守りたいと。でも、運よくというか、タイミングよく、祝福を与えてくれた聖女が引退。めでたく、主人公とハッピーエンド! となるのが、ギルベルトルートのストーリー。


 ちなみに、他ルートのギルベルトの行く末を私は知らない。

 ギルベルトルートを攻略すると、もうギルベルトしかいない! ギルベルトこそ正統ルート! と彼のことしか見えなくなってしまったから。

 一応、真の正統ルートである王子にもチャレンジしたものの、序盤でギルベルトが他の聖女候補と仲良くするシーンを見せつけられ、真顔で電源ボタンをOFFにした記憶がある。


「朝から騒がしくしてすまない。朝食にしよう」


 ギルベルトは立ち上がり、昨夜と代り映えしない食事をテーブルに乗せた。


「ギル、入団しなくて良いの? それに〈女神の祝福〉は? 早めに受けないと、命が……」


 ギルベルトは感情の読み取れない目で私を見た。


「今はやりたいことがある。どうせ短い命なら、自分の思う通りに生きたいんだ」


 そう言うと、干し肉をもぐもぐと食べ始めた。


(やりたいこと……って何だろう?)


 短い命ということは、祝福を受ける気がさらさらないということだ。

 それもそのはず、彼は主人公のティアナに出会わなければ、祝福を受ける気がなかった。内なる魔物に食い殺されるその日まで、生きられれば良いと考えていた。


主人公ヒロインに会わせなきゃ!)


 彼女が女神の力を見出されて聖女候補になるのは二年後。

 彼女との愛に目覚めれば、彼は進んで祝福を受けるはず。 


(あ! 同じ村出身なんだから、ここにいるのでは⁉)


 昨日通り抜けた村のどこかに彼女が住んでいるはずだ。

 探しに行って、彼に会わせよう! でも、待って。聖女候補でない彼女と会わせて、恋に落ちるかな。二年前なんだから、彼女はまだ十三歳のはず。……犯罪の臭い。

 ちらっとギルベルトを見ると、彼も私を見ていた。

 目が合うと、彼はおもむろに口を開く。


「ゴブリンの洞窟へ行く」


「はい⁉」


「これから支度するから、お前も必要なものがあれば言え。水晶はあとで返す」


 ゴブリンの洞窟……

 ゴブリンの洞窟……?

 ゴブリンの洞窟⁉


 何てファンタジーロマンあふれる響き!

 でも、待って!


『祝福の女神~黄金色の乙女の章~』ではそんな単語、見たことないんですけど⁉

 狼狽する私をよそに、ギルベルトはもくもくと干し肉を嚙み切っては、飲み込んでいた。



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