第10話 神官は子供の人気者
セレナたちが村に到着して、1週間が経過した。
「うん、ちゃんと治ってますね。これでもう完治です」
村の外れに借りた小屋の中で、セレナは幼い女の子を前にして診察。
そして、完全に治っていることを確認すると微笑んだ。
「ありがとう、おねぇちゃん!」
「ありがとうございます」
女の子と、彼女の母親が頭を勢いよく下げる。
村人たち全員が毒を吐き出してから、全てはとんとん拍子に進んだ。
いや、逆に治療法が分かっているのだからとんとん拍子に進んでもらわないと困るのではあるのだが、
「おねぇちゃん。これ、お礼!」
「わぁ。とても綺麗な花ですね」
「あげる!」
幼い子から差し出された紫色の花をセレナは受け取ると、微笑んだ。
花を受け取ってもらった女の子も笑う。
そして、セレナは少女の母親に向き直った。
「これからも川の水を飲む時はちゃんと沸騰させてください。村に新しく井戸を掘るそうなので、そこまで手間は長くかからないと思います」
「何から何まで……本当にありがとうございます。なんとお礼を申したら良いのやら……」
「いえ。これが私たちの仕事ですから」
「あの、これは本当に気持ちばかりなのですが……今日、畑で取れた野菜です。ぜひ、普段の足しにしていただければと思います」
「わぁ! こんなに! ありがとうございます!!」
セレナは差し出された野菜の量に頭を下げると、母娘は何度も礼を言いながら診察小屋を後にした。
「セレナってあんな小さい子にも敬語を使うのよね」
「大人と子供で差をつけるのはよくないと思う、から」
「アンタがいつも子供に勘違いされるから大人っぽく振る舞ってるんじゃなくて?」
「…………」
「図星ね」
手伝いをしていたカノンは薬の整理を行いながら、微笑んだ。
「それにしても、村の人たちはみんな野菜とか麦とかくれるからここにいると食べるものには本当に困らないわね」
「う、うん。そうだね。ここにいると、お金なんて要らないんだって思っちゃう」
自分のできることで他人を助け、その御礼として生きるための対価を得る。
それが、仕事の最も根本にあるものなんじゃないだろうか。
セレナは柄にもなくそんなことを考えた。
「要らないってことは無いでしょうけど。でも生きていくなら、本当にずっとこの村にいたくなるわね」
「ここならおばあちゃんになるまで、ずっといれる……ね」
「アンタいつまでいるつもりなの?」
短いツッコミを受けて、セレナは少しだけ微笑んだ。
こんなやり取りを気兼ねなくできるのは久しぶりだ。
本当に気の張り詰めた1週間だったのだから。
「そういえば、この後は子どもたちに文字教えるんでしょ? どこで教えるの?」
「そ、外の方が良いかなって。ずっと小屋の中だとみんな飽きちゃうだろうから」
「そうね。でも、どこにいっても
「うん。そうだね……」
神々の逸話を物語にした
そして、それは基本的にどこに行っても変わらない。
「今日はカノンちゃんに先生してもらおうかな」
「え、私!?」
「カノンちゃん。女の子に人気だもんね」
「やっぱり男の子に避けられてるわよね」
「ほら、カノンちゃん。ちゃんと叱るからじゃない?」
「いたずらしたら叱るでしょ」
カノンはそう言って、自分のしていた仕事の手を止めると振り向いた。
「逆にルーネは男の子に人気なのよね」
「騎士だから……やっぱり憧れなんだろうね」
「この間なんて病み上がりの子に頼まれて剣術教えてたわよ」
そういってカノンが呆れたように肩をすくめていると、ぬっと小屋の中にルーネが入ってきた。
「
「ルーネ。アンタ、どこに行ってたのよ。力仕事とか手伝ってもらいたいことがあったのに」
「森の中を見て回ってましたの」
「あぁ、そういうことね」
ルーネの言葉に、カノンは頷いた。
無論、彼女も神官だ。だからセレナより《厄災》のことは聞いている。
そして、ルーネが何をしていたのかも。
「かなり上流の方にまで行ってみましたが、あれから他に《厄災》の姿は見えませんでしたの。おそらく、セレナ様のあれで全部倒せたと思いますわ」
「そっか。それなら……良かったよ」
あれ、というのは
騎士団や衛兵が常駐している大きな街ならまだしも、こんな小さな村では《厄災》との戦争に耐えられはしないだろう。
なので、セレナはルーネに本当に《厄災》が壊滅したのかの確認を頼んでいたのだ。
だが、それも全部倒されたということなら安心だ。
セレナは安心したように深く息を吐いた。
「じゃあ、文字を教えにいこうか。みんなが待ってるから」
「あ、ちょっとまってよ。私、まだ準備できないんだけど!」
「大丈夫だよ。カノンちゃんが好きな
「そのエピソードが決まってないって話よ!」
そんなことを言いながらも、
彼女なら、きっと優れた一等神官になるだろう。
「あの、セレナ様」
「う、うん。どうしたの?」
「神官様のお仕事として、教師はあるんですの?」
「たまにだけど、あるよ。辺境とかで、教育が行き届いてない村とかで……簡単な文字を教えたりはする、かな」
「そうなんですわね。初めて見ましたわ……」
2人がカノンを追いかけると、既に集落からちょっと離れた場所に子どもたちが集まっていた。
豊かな緑の草原の上からは暖かい陽光が照らす。
きらきらと雑草たちが太陽の光を反射して、思わずセレナは目を細めた。そんな草原の上には、子どもたちが好きな場所に座りこんで、教師の到着を今か今かと待っている。
「みんな勉強熱心ですわね」
「これが、村と街の違い……だよ。街の子は勉強嫌いの子が多いから」
「ですわね」
娯楽の有無、というのもあるだろう。
それは村にいるだけでは知ることのできない話だ。
子どもたちが熱心になるのも分かるというもので、
「今日は
歩いているうちに話すべきエピソードが決まったのだろう。
勢いよくそう言ったカノンに子どもたちの視線が集まる。
そして彼女は子どもたちの集中が集まるのを待って、
その時、セレナはなにかの違和感を覚えた。
「……ん?」
「どうされましたか、セレナ様」
「……いま何かあったような」
そういって周囲を見渡す。
だが、そこにはなにもない。
平穏を取り戻した村の、穏やかな午後があるだけだ。
「気のせいだったら、良いんだけど……」
セレナはそんなことを言いながら、視線を子どもたちに戻す。
彼女はそれから詳しく何かを言うことはなかった。
ただ1つ。
彼女の勘は当たるのだ。
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