9作目:連作短編!メフィストフェレスの善行~ダメダメ天使と善行悪魔~

「失踪した《虚偽きょぎの天使》を一か月以内に見つけられなければ、あなたを天界から追放します」


 た、大変です。大変なことになってしまいました……!

 《疑惑ぎわくの天使》こと、私にとんでもない命令が下っちゃいました。


 天界から失踪した《虚偽の天使》を見つけ出さなければ、天界から追放されてしまうのです。


 天使の仕事たる、人間たちへの善行と、それによる幸福総量の増加。

 他の天使に比べ、私はそれが上手くいっていないからでしょうか。それにしても、急なお話だと思います。

 

 探せと言われても、《虚偽の天使》に会ったことも話したこともないのに。

 しかし、上司曰く”女神さまからの勅令ちょくれい”とのこと。

 したっぱの天使である私が逆らえるはずもありません。


「分かりました。最善を尽くします」


 二つ返事で了解し、最低限の準備を整え、すぐさま行動を開始したのです。


***


「《虚偽の天使》はあなたですね、《未来視みらいしの悪魔》!」


 女神さまから預かったヒントを元に、さっそくここまでたどり着きました。

 場所は人間たちから「占いの館」と呼ばれている、あやしげな館の中になります。

 目の前にいるのは、未来を予見すると言われている悪魔、《未来視の悪魔》です。


「俺が《虚偽の天使》? なぜそう言えるのだ」


 《未来視の悪魔》は首をかしげます。確かに、証拠が聞きたいところでしょう。

 せっかくなので、推理を披露することにしました。


「《虚偽の天使》は……


・全ての存在からいい人だと思われていたい

・嘘つき

・姿を変えられる


という特徴を持っていると、女神さまから聞いております」


 これは、天使のことならなんでも知っている女神さまからの情報です。

 《疑惑の天使》たる私でも、疑いようがありませんっ!


「あなたは悪魔のくせに善行を行っているそうじゃないですか」


 他の悪魔から聞いた話だと、《未来視の悪魔》は悪魔の本分たる「悪行」をそっぽかして「善行」を行っているそうです。疑わしい!


「人間からもいい人だと思われたいからって、悪魔の本分を忘れてはいけません」


「天使がそれ言うか……」


 《未来視の悪魔》が若干驚いています。私の推理にたじろいでいるのでしょうね。


「確かに俺がやっていることは善行かもしれない。だが最終的に不幸総量は増加しているからな?」


「なんですって!?」


 善行をしているのに、不幸総量が増えるってどういうことでしょう。


「簡単な例を言うと、「泥棒を助ける」みたいな話だ。そいつだけを助けて幸せになってもらっても、盗まれた側は不幸になるだろ?」


「確かに……」


 そうすれば、善行と不幸総量の増加がイコールで結ばれてしまいます。

 助けた相手から「いい人」と思われても、多くの人を不幸にしてしまうのです。

 なんと姑息な男でしょうか。


「悪い人ですね」


「悪魔だからな。ちなみに人でもない」


 さも当然のごとく言われます。いえ、もしかしたら自らが天使であることの否定、つまり、嘘かもしれません。


「証拠はまだあります!」


「今のでまだ信じてくれないのか」


「《疑惑の天使》がこのくらいで信用するとお思いですか? 甘いですよ」 


 疑うことに関しては天界随一ずいいちの私です。

 他のことがダメダメでも、これだけは譲れません。


「あなたは嘘をついていますよね」


 《虚偽の天使》は、嘘ばっかり言うのだそうです。

 名前に「虚偽」と付くからには、そうなのでしょう。

 

「俺が嘘を言っている証拠はあるのか?」


「先ほどの例えがそうです。泥棒を助けても、不幸総量が増加しないことだってあります」


「……どういうことだ?」


 《未来視の悪魔》は首を傾げています。


「泥棒が義賊で、恵まれない子どもたちに盗んだ富を分配する場合です。その場合は、結果的に幸福の総量が増えます」


 盗まれた側が不幸になろうとも、それを上回るだけの幸福が生まれる場合があります。

 結果として、善行すなわち幸福総量の増加というスタンダードな方程式が成り立つのです。


「そう、つまり先ほどの例えは、あくまでもカモフラージュ。あなたの嘘です。つまり、あなたは嘘つきです。《虚偽の天使》です!」


 またしても証拠を突きつけてやりました。ふふー、どうでしょう。これで彼も認めるはずです。


「例えの話を証拠にされても、証拠にならないんだよなあ……」


 《未来視の悪魔》は残念そうに眉を寄せ、肩をすくめ、ため息をつきました。なぜでしょう、なぜかあきれられている気がします。


「そういう場合もあると言うだけで、その場合が全てではないだろう?」


「ふにゃ!?」


 た、確かに! 確かにその通りでした。盲点です……。


「いや、いやいや、まだありますよ、あなたが《虚偽の天使》である証拠!」

 

 私の天界追放がかかったこの試練。

 これしきで諦めるわけにはいきません。


「せっかくだから聞いておいてやろう」


 目の前の悪魔は余裕たっぷりの表情を浮かべています。

 その表情、今に泣きっつらにしてやります!


「あなたは悪魔のくせに悪魔っぽくありません!」


 悪魔とはどのような姿をしているのでしょう?

 大抵、頭にツノがはえていて、背中に黒い翼があるはず。

 しかし、目の前の男は。


「かっこいい青年男性の姿をしています。イケメンです。正直、私の超タイプです! つまりあなたは《未来視の悪魔》への変身に失敗した《虚偽の天使》なのです」

「なっ……!!」


 こんなにかっこいい方が、悪魔だなんてありえません。

 どうです、これでもう認めざるを得ないはずです!


「……あれ?」


 《未来視の悪魔》は、雷に撃たれたかのように固まっています。


「う、うう」


 あらあら、しばらくすると涙まで流し始めました。

 どうしましょう、本当に泣きっつらにしてしまいました。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃない」


 ひとこと言うと、涙をぬぐい、


「なんだその告白みたいな超推理! そもそも、悪魔の姿も100体いれば100通りあるし、姿を変えられるやつが、そんな出来損ないな失敗するはずないだろう!?」


 そのように一気に言い切られました。


「あと、姿を変えられる悪魔も天使も、他にもいるかもしれないじゃないか」


 ああ、そう言われれば、同僚の天使の中にも何名か居ました。姿を変えられる天使が。


「そ、そんな、強く言わないでくださいよお……!」


 どうしましょう、涙が出てきちゃいました。


「え、ちょ、え?」


 私だって……この推理に整合性が欠けていることくらい分かってるッ……。

 でも、でも……。


「私だって! 頑張ってるんです! 一か月以内に《虚偽の天使》を見つけられなきゃ、天界から追放されちゃうんですよう!

 根拠のとぼしい推理だったとしても、一か月という短い時間の中で、成果を出さなければいけないのです。

 焦り? ありますよ、当然。

 焦って焦って仕方がないんですよ!

 ――ああ、そうだ。いっそのこと、あなたを《虚偽の天使》ということにして、女神さまに突き出してしまえば」


「いや、待て待て」


 《未来視の悪魔》が私の言葉を両手で制しました。

 

「まったく、仕方がないな。そこまで困ってるんなら手伝ってやるよ。《虚偽の天使》とやらを探すのを」


「え、本当ですか!?」


 両手をくみ、すがるように彼に近づきます。

 ――うーん、近くで見ても、やっぱり私の好みです。


「近い近い! その前に、ひとつ条件がある」


「どんな条件ですか?」


「一件、俺の善行悪行を手伝って欲しい」 

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