5作目:「あなたの青春、全部いただきます」

 推しのためなら青春を捨てたって良い。

 俺には大好きなアイドルがいる。

 彼女の名はMIKU。彗星のごとく現れた天才アイドル。

 歌やダンスはもちろんのこと、最近は女優としても活躍の幅を広げている。

 多様な役をこなす演技派なのだ。

 バラエティでは見たことが無いけれど。

 年齢は俺と同じ17歳、高校二年生。

 正直、彼女の本当の性格とかは分からない。

 芸能人だからな。

 だったらどこに惚れたのかと言うと、星のような輝きを放つ彼女の瞳!

 彼女の瞳を見て、俺はときめくという感覚を実感として手に入れた。

「ちょっと、話聞いてる~?」

「あ、すまん、また推しのことを考えていた」

 帰り道、隣を歩く女子。

 彼女はこの春転校してきた同級生だ。

 同じクラスで保健委員に所属している。

 自己紹介のはずみで推しのアイドルの魅力についてうっかり熱弁したところ、彼女もアイドルに興味があることを打ち明けてくれた。以来、よく行動を共にしている。

「もー、推し以外に興味は無いのかね? 女子と一緒に帰るとか、青春以外の何物でも無い気がするんだが」

「ああ。確かに青春だな」

 間を置いて続ける。

「しかし、その青春のすべてを捧げても良いくらい、俺はMIKUたんにぞっこんなんだ」

 熱く語る俺。それを聞いて「ふうん」と薄い笑みを浮かべる彼女。

「まあ、推しは最高ですものな。しかーし、君は私のことも、もう少しよく見た方が良いと思いまあす」

 そう言って彼女は俺の顔を覗き込んでくる。推しへの愛を試しているのだろうか?

 俺は屈しないぞ!

 ……と意気込むまでも無いかもしれない。

 というのも、彼女がかけた眼鏡のレンズは分厚く、そのうえ前髪も降ろしており、はっきり言って表情も顔も良く分からない。

 何かコメントを求めているようで、相変わらず彼女はこちらを見ている。

「……何というか、秋葉原でチェックのシャツにジーンズ履いてリュックサック背負ってそうだな」

「ひどい。それ何十年前のオタクや」

 こんな感じで、今日も今日とて楽しくオタトークを繰り広げている。


***


 推しがいる者ならば、帰宅部たれ。

 早く帰って放課後を推しに捧げよ。

 ……至極名言だと思う。

 誰が考えたかと言うと、俺である。

「それだけ青春を推しに捧げるってことね。確かに良い言葉だと思う。自分から名言とか言い出さなければなあ」

「おい、余計なひとことを付け加えるな!」

「最初に付け加えたのは君では」

 くだらない名言に、さらにトッピングをしてくだらなくしていく。

 そんな会話をいつまで続けるのかと言うと、CDショップへ着くまでだ。

 俺と彼女は共に帰宅部だ。が、彼女がたまに寄り道をしたがるせいで、パーフェクトな推し活アフターファイブを過ごすことがままならないでいる。

 彼女はいいヤツだし、普段の外見どうこうとか抜きにして、性格が好きだ。

 そのため毎回断ることができない。

 ……別に浮気とかではない。俺のMIKUたんへの愛は絶対だ。

 それでも彼女の誘いを断れない俺を許してほしい。

 罪滅ぼしとばかりに、今日発売のMIKUたんの新シングルを店頭に買いに来たのだ。


***


「うおおおわあああわわわわ!!」

 CD屋さんに着くと、さっそくMIKUたんのCDが並んでいた。

 生で見るまでネットでジャケ写を見るのを我慢していた。

 まさか、これほどまでに可愛らしいとは。

 ジャケ写に映るMIKUたんは、その魅力に更に磨きをかけているようだった。

 アップになった顔、その瞳の星のような輝きがあまりにもまばゆい。

「見よ、これが我が推し! これぞ至高なるぞ」

 極上だ、極上だ、と言いながら、ハイテンションで彼女の顔の前にCDを突き出す。


「ふふ、ふふふ……」


 すると彼女は、もうこらえきれないといった様子で笑い始めた。

 どうしたのだろう。俺のあまりの道化っぷりに、精神をやられてしまったのだろうか。

 そういえば、これほどのテンションを見せたことは無かった気がする。

 さすがに引いてしまったのだろうか。

「すまん、推しを前にすると、いつもこうなんだ」

 俺の言葉を否定するように彼女は首を振った。

「だったらさ、いつもハイテンションでも良いんじゃないかなあ」

「いつも心の中に推しを、的な?」

「違う……違くて……ふ、ふふ」

 どうしてだろう、ずっと隣にいたはずの彼女に既視感を覚える。

 いや、ずっと隣にいたのだから、既視感を覚えて当然なのだろうけど。

 ついさっき見たような? いや、さっきから見ているのだが。

 なんとなく、俺は彼女に向けていたCDケースのジャケ写を自分の方へ向ける。

 そして、違和感の正体に気付いた。多分この時の俺は、世界一まぬけな表情をしていたに違いない。

「ふふっ、いい表情してる。だから言ったじゃん。

 もう少しよく見た方が良い、ってさ」

 彼女の分厚い眼鏡のその向こうで、星のような輝きが瞬いていた。

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