4作目:distance

「少し距離を置いてくれないかな」

 ちょっとイイ感じの女子からそんなことを言われたら、誰だってがっくし来るだろう。

 ショックで大学を休む勢いだった。

 彼女……詠美とは入学時に知り合ってから意気投合、今に至る。

 もう少しで付き合っちゃうんじゃないの、俺たち! ……くらいの気持ちだったのに。

 メンタルが悲鳴を上げている。

 だが、俺には頼りになる女友達が居るのだ。

「うちならいつでも相談乗るよ!」

 詠美と俺、双方の友人である美子。

 何かあればいつも話を聞いてくれる、本当にありがたい存在だ。

 ことある毎にこの子を頼っている、気がする。


***


 とりあえず、言われた通りに距離を置く。

 ついつい不安になるが、そういう時もあるのだろう。

「そういう時はうちに話したまえ」

 美子に丸まった背中をばんっと叩かれると、なぜだか元気が出た。

「女にはそういう時もある。男ならどーんと構えて待ってなさい」


***


 距離を置くようにして数日。

 しかしなぜか、詠美の方からは俺に連絡が頻繁に来る。

「今どこ?」「ちょっと話しない?」「私、何かしたかな」

 何かしたも何も、君の方から距離を置いてと言ったのではなかったのか。

 女心と秋の空とも言う。

 ここで俺の方がぶれているようだと逆に良くないだろう。

 彼女から言い出したことだし、こちらは距離をちゃんと置いておくことにする。


***


 ある日、学食でいつも通り食事をしていると、詠美が歩み寄ってきた。

「ね、ねえ……どうして返事してくれないわけ……?」

 席から彼女の顔を見上げると、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

(君の方から距離を置いてと言ったんじゃないか!)

 口に白米を含んだままだったので、口がきけない。

 代わりに目を見開いて驚きの表情を作る。これで俺の内心が伝わって欲しい。

 それから彼女は、俺の正面の席に座る美子に目をやった。

 美子は何故か笑いをこらえるようにしている。

「もう! なんかこじれちゃってるじゃん!」

 詠美は怒った様子で、少しだが声を荒げた。

「ごめん、作戦失敗だったわ」

 そう言って美子は眉を寄せ、苦笑いを浮かべた。

「距離を置いてって言ったら、逆に積極的になってくれると思ったんだけどなあ」

 つまり、どういうことだろう。

 詠美が続ける。

「私には駆け引きとかできないみたい」

 それに対して美子が言う。

「じゃあ、もうアンタから言っちゃえば良いんじゃない?」

 うなずく詠美。

 詠美になかなかアプローチしない俺に対して、焦るように仕掛けてきたということだったらしい。

 二人にまんまと踊らされてしまった。

 いや、何もしなかった結果、逆に踊らせたのかもしれないが。

「もういい。……ねえ、もう距離を置かなくていいよ」

 詠美が語気を強めて言う。

「逆に、ずっと側に居て欲しい」

 どちらが先に言うかなんて、他愛の無い問題だと言わんばかりだ。

 白米を口に含んだままの俺は、やはり頷くことしか出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る