第2話 穴
俺は次の日早く目が覚めた。目が覚めたというより、実際はほとんど眠れなくて、夜中ずっと男の子のことが気になっていたのだ。どうなっただろう・・・。
それにしても、マンホールの蓋が開いたままだと、別の人も落ちてしまうんじゃないか。
今も空いたままなんだろうか・・・。
俺は朝早く家を出て、マンホールを見に行った。すると、ちゃんと蓋が閉まっていた。あの男の子は地面の中に閉じ込められているんだ。今も穴の中で生きているんだろうか。目が覚めて暗闇だったらどんなに怖いだろう。俺はものすごい罪悪感でいっぱいになった。
午前9時を過ぎてから、俺はマサキ君が通っているセレブ幼稚園に電話を掛けた。
「すみません。そちらの幼稚園に通っている、3歳のマサキ君という男の子のことなのですが・・・」
「はあ」
若い女の先生だった。声がかわいい。こんな時は実物を見たくなる。幼稚園の先生というのは憧れだが、お近づきになれるチャンスなんかない。
「そちらに通ってるって聞いたんですが」
「はい。どうかしましたか?」
やっぱりいるんだ。俺はほっとした。
「今日は、来てますか?」
「ちょっとお答えできません。どういうご関係の方ですか?」
「いえ、ちょっとマサキ君の忘れ物を渡したくて・・・」
「じゃあ、お手数なんですが園に持って来てもらえませんか?」
俺は何を思ったか、マサキ君に会ってみたくなった。
「わかりました。じゃあ、明日・・・本人にも会えますか?」
「はい」
俺はわざと子ども用のハンカチを買って、水洗いして持参することにした。マサキに僕のじゃないと言われたら、それでもいいと思った。ただ、彼が生きているかを知りたかっただけだから。そこで、若い幼稚園の先生とも喋れる。それも、動機づけになった。ワイシャツにアイロンをかけて、靴を磨き、清潔感のある服装に見せるように努力した。
俺は会社を早退して、1時頃に幼稚園に向かった。インターホンを押すと、門を開けてくれたのは、スーツ姿のおばさんだった。園長などだろうか。俺はがっかりした。
「どうぞ。お入りください」
俺は言われた通りに、門を入った。幼稚園と言う禁断の園。そういうのも珍しい機会だと思った。園長は立ったまま話そうとしていたから、俺は切り出した。
「あの・・・これ、マサキ君が道路に落として行ったので」
「ご丁寧にありがとうございます」
「マサキ君は登園してますか?」
園長が何か言おうとした時、後ろから声を掛けられた。振り返ると30歳くらいの男と、50歳くらいの男が立っていた。スーツ姿なのだが、どことなく、自分のようなサラリーマンとは雰囲気が違っていた。
「マサキ君とどういうご関係ですか?」
あ、警察だと思った。俺は自分が大きな間違いを犯したと気が付いた。黙っていたら誰にも気付かれずに済んだのに・・・。
「全然、何の関係もないんですが・・・日曜日に会ったので・・・どうしているか気になって」
「日曜日に会った?」
俺は完全にアウェイな状態だった。刑事たちは俺を睨みつけている。
「はい。家の近所を歩いていたら一人でいたから、警察に連れて行こうと思って、一緒に歩いていたら、途中でいなくなってしまいました」
「いなくなったのはどの辺でしたか?」
「〇〇1丁目の喫茶店を通り過ぎてまっすぐ行った辺り・・・隣が公園で」
俺はそのまま警察に事情を聞かれた。
「すいませんね。お時間いただいてしまって」
「いえ・・・」
俺は正直に自白しようか迷った。こういう場合の罪は、何になるんだろうか。あれは事故だが、俺はすぐに消防に連絡しなかったし、誘拐と言われてもおかしくない。
俺は結局、刑事たちの追求に心が折れてしまい自白した。
「マンホールの蓋が開いていて・・・落ちてしまったんですが、怖くなって逃げてしまいました」
俺は人殺しのようなものだ。罪の意識に押しつぶされそうだった。
後日、警察がマンホールの蓋を開けると、中にマサキ君の白骨遺体が見つかったそうだ。マンホールは錆びついていて、空けるのがかなり大変だったということだった。最近開けた痕跡はなかったようだ。
「お前がやったんだろう?」
警察は完全に俺を犯人扱いしていた。
俺は誘拐犯として起訴された。マサキ君は1年前に行方不明になっていたらしい。テレビでも報道されていたのに、普段、テレビを全く見ないから知らなかった。すぐ近所で起きたことなのに、俺は何をしていたのかと思う。
1年前の俺にアリバイはない。ある日曜日、マサキ君は家から外の世界に飛び出してしまったのだ。親は家事をやっていて気が付かなかったそうだ。
俺は1年前も今と同じ暮らしをしていた。月曜日から、次の週末を待っているような生活だ。俺はバイセクシャルのクソ野郎で、友達も決まった交際相手もいないから、土日は家にいるか、有料のハッテン場に出かけていた。好きなタイプは10代のジャニ系だが、一押しはショタで、男の子の裸の画像を大量にパソコンにストックしていた。それは、警察に押収された。まず、児童ポルノ所持での有罪は確定だった。
しかし、生身の子達とリアルで会うのは、プールの更衣室や銭湯くらいだった。実際に触ったり、話掛けたことはないし、盗撮もない。ただ見て楽しむだけだった。
その他には、ウェブ小説を書いていた。サマースクールなどで、男の子と仲良くなって、こっそり悪戯するようなお決りの展開だ。ちょうど前年に、男の子を誘拐して凌辱する話も書いてしまった。世の中の人は誤解しているが、ロリコンの人はただ見るだけなのが大半なのだ。俺にも良心があるし、捕まるのも怖い。それ以上のことは何もない。
もちろん、リアルな誘拐や悪戯や死体遺棄なんかしていない。
俺のような人間は存在するだけで悪なのだろうか?
裸写真はネットでせっせと集めて来たもので、有料の物はない。
画像を配布したり、交換したりもしない。ただ、持っているだけだ。
俺がマサキ君を呼び寄せてしまったのだろうか。いつも手には小さなしっとりとした感触が続いている。それが24時間続く。そして、ふと足元を見ると、俺を死んだ魚のような目で見つめる子どもが立っている。俺は何もしてないのに、誰も信じてくれない。
俺は叫びたくなる。真犯人が見つかりますように‼と・・・。
でも、最近、思う。何度も何度も繰り返し取り調べを受けているうちに、マサキ君に出会った日曜日が2022年の出来事ではなく、その1年前に起きたことなのではないかと・・・。俺の記憶は上書きされる。
俺は小児性愛者として、警官からも、裁判官から、傍聴人からも軽蔑される。
俺は健全にポルノを楽しんでいただけだ。
あんたたちが女性のポルノを見るのと同じだ。
どうせロリコンのくせにと思う。
俺は訳がわからなくなる。
そのうち、「俺がやりました」と言ってしまうかもしれない。
本当は何が起きたのか。もう、確信が持てなくなってしまった。
人助け 連喜 @toushikibu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます