人助け

連喜

第1話 願望

 俺には密かな願望がある。人助けをしてみたい。時々、新聞で取り上げられているように、AEDで人の命を救うとか、特殊詐欺を未然に防止したり、痴呆症で徘徊しているお年寄りや、迷子の子どもを交番に連れて行く等だ。ちなみに、AEDの使い方はわからないのだが。人の命を救うのだから、一番華々しい人助けには違いない。


 前にこんなことがあった。バスを降りたおばあさんが、キョンシーのように手を前に付きだしながら、ふらふらと道を歩いていた。何かがおかしかったが、手には白杖を持ってる。目の不自由な人だったのだ。

「大丈夫ですか?」

 俺が尋ねると、バス停に行きたいと言われた。それで俺は、おばあさんの手を引いてバス停に連れて行ったのだが、さらに別の場所に行きたいと言う。そこは病院だった。言われた通り連れて行ってあげた。どうやら、バス停から別の方向に進んでしまったようだ。


「もう大丈夫です」

 お祖母さんはそう言って建物の中に消えて行った。その時はすごく充実した気持ちになった。ちょうど母親を亡くしてすぐだったせいもあって、人の役に立てたというすがすがしさに、心洗われる思いがした。その時の俺の誘導は間違いなく必要だった。俺の人の役に立ちたい希望と、おばあさんのニーズがピッタリと合っていた。


 そんな風に、誰かの役に立ちたいといつも思っているのだが、実際そういう場面に出くわすことはほぼない。俺が周りを見ないで歩いているからだと思うし、身障者の人たちはちゃんと自立している。


 ある日曜日の出来事だった。俺は昼間スーパーに行くことにした。毎日使っているオリーブオイルを切らしていたし、他にも野菜なんかを買いたかったんだと思う。


 住宅街の道を歩いていると、3歳くらいの小さな男の子が反対側から一人で歩いて来た。そこは4メートル道路で、車はほとんど通らない。しかし、周囲に大人はいないから、ハラハラしていた。時々、そういう場面に出くわすが、そういう場合は、大体が両サイドに建ってる家の子で、すぐに親が家から出てくることが多い。俺は気にしながら、男の子の側を通り過ぎた。振り返ると、顔のかわいい子だったから、誘拐されるんじゃないかと心配になった。目がぱっちりしていて、俺みたいな愛想のない中年男にも笑顔を見せていた。多分、生まれつき愛嬌のある子だ。


「一人?」

 子どもは頷いた。

 俺は子どもが苦手で何を言っていいかわからなかった。

「じゃあ、交番行こうか」

 俺はまだ買い物に行く前で、手ブラだったから、男の子の手を引いて歩いた。子どもの手は小さくて、そのか弱さに俺は感動を覚えた。

 

「名前何ていうの?」

「マサキ」

 ちょっとヤンキーぽいなと思うのは俺だけだろうか。

「何歳?」

 ゆびで3と答えてくれた。

「そうか。3歳か。今、幼稚園?」

 男の子は頷いた。

「へえ。何て言う幼稚園行ってるの?」

「〇〇〇」

「すごいねぇ」

 セレブ幼稚園だった。意外と金持ちの子なんだ・・・。服装も高そうに見えてきた。ちょっと緊張する。金持ちというのは、クレームが多いもんだ。子どもを連れ去られたと言い出すかもしれない。早く警察署に着かないかなと思うが、マサキ君は子どもだから足が遅い。俺が抱きかかえて連れて行こうか・・・。それで走ればかなり早くつける。または、タクシーで一気に行ってしまおうか。そうなると、本格的な誘拐と間違われてしまう。


 どうしよう・・・

 どうしよう・・・


 俺は焦った。


 俺たちは無言のまま10分くらい歩いた。すると、突然、俺の手の中から湿った柔らかい手がすっといなくなってしまった。


「え?」


 俺は焦って手元を見ると、子どもがいなくなっていた。道端にマンホールがあったらしく、蓋のない穴がぽっかりと開いていて、子どもはそこに落ちたらしい。アスファルトの地面が丸く切り取られていて、何の囲いもなかった。中で気絶しているのか、何の声も聞こえない。


 俺は焦った。子どもがマンホールに落ちた!どうしよう!パニックになって周囲を見回すと、道端にマンホールの蓋が立てかけてあった。誰かが悪戯でマンホールの蓋を外して、人を落とそうとしたんだ。マンホールの蓋を開けるには専用の工具がいるみたいだから、その辺の知識のある人がやったんだろう。その時は、そこまで思い至らなかったのだが。


 俺は怖くなってその場から立ち去った。子どもは俺の中でことにした。スーパーに行くのも中止だ。速足で家に帰る途中、頭の中に何度も男の子と顔が浮かんで来て、手には湿った感触がよみがえって来た。


 きっと助からなかった・・・死んだんだ。

 誰も見てない。

 大丈夫。俺は自分に言い聞かせた。


 俺は1日テレビを見てていて、子どもの行方不明事件が出て来るんじゃないかとハラハラしていた。今頃、家の近所にパトカーが集まって、子どもを探してるんじゃないか。しかし、その日はずっと静かだった。


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