20-2【小豆洗い】
俺がソドムタウンを東に向かって旅だったのは、スバルちゃんの家で晩飯を食べ終わってからだった。日は落ちていたが、月夜で明るかったので知った道の間は問題は無かった。
それにスターライトの魔法で明るく見えていたからな。
【魔法スターライトLv1】
術者のみ夜目が効くようになるが、夜空に星が瞬いている時の野外のみでの効果である。効果時間6時間。一日に魔法レベル分だけの回数使える。
夜の移動にはこれが一番だ。
アキレスで走り出して二時間ほどすると旅の宿が見えて来たので、そこで一泊することにした。宿屋の名前は草原のジャッカル亭だ。この辺にはジャッカルが出るのかな。今は旅の宿の二階に部屋を借りてベッドで寝そべっている。
旅立つ前の晩飯中にスバルちゃんには今回の旅の目的を話しておいた。
スバルちゃんに呪いの話をするのは初めてだったが、スバルちゃんは黙って聞いてて納得してくれた。流石に転生や糞女神のことは話していない。話しても信じて貰えるか分からないしね。
それに、なんで俺が呪われたかもスバルちゃんは訊いてこなかった。俺が話さないことは彼女から訊かないのだ。
まあ、話さなくってもいいだろう。もと居た世界に戻る気もないし。この異世界に骨を埋める覚悟も決まっている。もう、俺は、この異世界の住人なんだ。あとは、思い残すことなく幸せに過ごせれば、それでいいと思っている。そのことをスバルちゃんは悟ってくれているのだろう。
そして、俺が冒険に出ると言ったら、スバルちゃんは黙って見送ってくれたのだ。スカル姉さんは俺が冒険に出るのを心配しているようだが、スバルちゃんは俺の生き方を理解してくれている。
重たくない──。
だが、その理解に俺は甘えてて良いのだろうか?
自由に生きてていいのだろうか?
分からない。まだ、分からない。でも、今は今を自由に生きよう。だから、俺は冒険者なのだ。
さて、明日は早くから宿を出ようかな。ドズルルの町まで、馬で旅をしたら一週間程度だって聞いている。アキレスのスピードならば、その半分で到着できるだろう。ならば、あと三日低度だ。
その間に町が一つ有る。そこを中継地点として、先ずは目指そうか。
俺は異次元宝物庫から地図を取り出して拡げて見た。
安物の地図だ。下手糞だけど素人にも見易い地図である。
中間地点の町はガルマルの町か。人工は少ないって聞いている。ちょっと大きな村程度だとか。
そこに明日の晩から明後日の昼までには到着したいな。よし、寝よう。明日は早いぞ。
Zzzzzzz………。
シャカシャカ……。
んん?
シャカシャカ……。
なんだ、この音は?
なんか物音が聞こえて目が覚めた。深夜なのに小五月蝿いな。
ベッドの中から窓のほうを見たら、庭木の天辺に半月が見えた。夜空には星が煌めいている。
静かだな。もう音は聞こえない。なんだったんだ、今の物音は?
何かを洗うような音だったな。廊下から聴こえたのか?
いや、もっと近くから聴こえたような気がしたけれど……。
俺はベッドの中から室内を見渡す。月明かりが窓から入ってきていて、室内がうっすらとだが見えていた。
十畳ほどの部屋で角部屋だ。俺の寝ているベッドの右横と頭のほうに窓が一つずつある。部屋の中央には四角いテーブルと椅子が二脚セットで並んでいた。壁際には古びたタンスが一つ。そして、薄暗い。
室内は静かだ。一階の酒場も閉店したのか音は聞こえてこない。俺が来店した時には数人の旅人が酒盛りをしていたが、寝てしまったのだろう。もう静かだ。
「ううぅ………」
寒気が走った。
肌寒くって身体が震える。
ああ、小便がしたくなってきたぞ。厠は外かな?
俺は寝巻きのままベッドを出た。寝巻と言っても、安物の絹の服だ。洒落たスケスケの色っぽいネグリジェじゃあないのが残念である。
「オシッコ行こ……」
俺が部屋の扉を開けると、軋む音が僅かに響いた。床板が俺の体重で軋んだのだろう。
でも、さっき寝ている時に耳にした音とは響きが、ぜんぜん違うな。これは普通の木の軋み音だ。
さっき、寝ながら耳にしたのは、もっと怪しい音だった。怪しいと言いますか、寂しいと言いますか……。何か独特な響きが秘められていた。
「まあ、いいか。先ずは小便だ」
俺は廊下を進み一階に降りて行く。
「あらら、まだ酒場のランプが一つだけ付いているな」
俺がカウンターを覗き込むと、一人の女性がランプの灯りだけで、何かを洗っていた。耳を澄ませばジャラジャラと音が聞こえる。さっき聞いた音はこれだな。
「女将さん、まだ仕事をしているんかい?」
カウンターの中の女将さんは、三十歳ぐらいの痩せた女性だった。素朴で美人でもない。お世辞にもエロくも無い。
奥さんはチラリと俺を一瞥してから手元に視線を戻すと言った。
「明日の朝食の仕込みをしています。小豆です」
「豆を洗っているのかい?」
女将さんは小豆をジャラジャラと洗いながら寂しそうに言った。
「小豆は栄養満点ですよ。焼いて良し、炒めて良し、煮込んで良しですから」
「じゃあ、明日の朝食は豆料理なんだ」
「豆のスープが亭主の好物でしてね」
「そうなんだ」
うう~~ん……。
また寒気が走った。背筋が寒さで震える。膀胱が決壊しそうだぞ。そろそろ小便が漏れてまう。
「女将さん、トイレは何処だい?」
「外に出て、右です」
「サンキュー」
そう言うと俺は店の外に駆け足で出て行った。夜風が少し冷たいな。そして、俺は厠でジョボジョボと滝のように小便をした。
ところで、何を飲んだらこんなに小便が溜まるのかな?
もう3リットルは出てないか?
厠が溢れそうだぞ。
「うう~……」
止まった。よし、チンチロリンを収納してベッドに戻ろう。チンチロリンを仕舞い忘れて戻ったら女将さんにドン引きされるかな。もう良い歳っぽいから軽く流してくれるかな~。試してみるか。
俺はスティックとボールを社会の窓からブラブラと出しながら酒場に戻った。
「あら……?」
俺が何を解放しながら酒場に戻ると真っ暗だった。誰も居ないしランプの明かりも消えていた。
「なんだ、詰まらないな。もう寝ちゃったのね……」
俺はちょっとガッカリしながら二階に上がる。自分の部屋に戻るとベッドに入った。
寝床に付くと直ぐに睡魔に飲まれる。
そして、直ぐに朝が来た。チュンチュンっと鳥の囀りが五月蝿いな。その声で目が覚めたのだ。外の木に小さな鳥が群がってやがる。
「畜生、焼き鳥にしてやりてえ~。しゃあねえ、起きて朝飯にするか」
俺はベッドから出ると装備を整えて一階に下りて行った。すると酒場の親父がカウンターの中でコップを磨いている。すでに酒場では二人の商人風のオッサンたちが朝食を食べていた。
店の親父は階段を下りて来た俺に気付くと挨拶を掛けてくる。
「おはようございます、お客さん。昨晩は良く眠れましたか?」
「ああ、おはよう。朝食を食べたらチェックアウトするからさ~。何か飯ちょうだい」
「はい、ただいま準備します」
俺がカウンター席に付くと店の親父がパンとスープを出してくれた。俺はパンを一口齧るとスプーンでスープを掬う。
「あれ?」
パンは普通のパンだ。スープはブロッコリーが入っているが豆のスープじゃあない。
「なあ、親父さん」
「なんですか、お客さん?」
「朝食は豆料理じゃあなかったのかい?」
「豆、ですかい……」
「そう、何か豆料理じゃあないのか?」
「小豆料理でしょうか……?」
店の親父はコップを磨く手を止めて表情を暗くさせる。
「昨日の夜さ、奥さんが朝食用の小豆を洗ってたぞ」
「見たんですか、家内を……」
「ああ、徹夜して朝食の仕込みをしていたぞ」
店の親父は暗い声で言う。
「家内は十年前に事故で失くなりました……」
「はっ?」
「夕方ごろに朝食用の小豆を取りに行って、事故に遭って死んだんですよ……」
「そんな、バカな~。だって昨日の夜にそこで小豆を洗ってたぞ~」
「たまに見るお客さんが居るんですよね。家内を見たって言うお客さんが……」
「そうなん……」
店の親父は突然微笑みだすと明るく言った
「お客さん、今日の昼飯は小豆のスープにしますから、是非に食べていってください!」
「断る。薄気味悪いぞ、お化けが出る酒場なんてよ!!」
「でも、私の家内ですから」
「もう毎日毎日小豆料理ばかり出して女将さんを供養してやれよ」
「なるほど、それはいいね!」
「店の名前も小豆洗い亭とかに改名したれよな!」
「名案だ!」
その日以来、店の看板が取り外されて、小豆洗い亭と新しい看板が取り付けられたとさ。
女将さんが成仏したかは、俺も知らん。
まあ、亭主や店が心配で成仏できないと言うのなら、無事に店が栄えれば、その内に成仏だってするだろうさ。
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