13-35【幽霊の歓迎】

俺は骨の床の上で呼吸を整えてから負傷した体にヒールを施した。


全身傷だらけの穴だらけだ。


でも、ほとんどが打ち傷と浅い刺し傷ばかりである。


まあ、ヒールで直ぐに全回復できるだろうさ。


昔ならこんなに生傷だらけならば失禁していただろう。


もうズボンもパンツもビシャビシャに濡らしていただろうね。


何せ四連式の鉛筆で刺されまくったような傷だらけなのだ。


昔の世界で過ごしていたら有り得ない刺し傷だろう。


それが今では平然とヒールで治せば良いとか考えてしまう。


俺もだいぶこの世界に慣れたってことなのかな。


こんな傷が当たり前になっている。


俺は徐に飛び込み墓地内を見回した。


「それにしても静かになったな」


あんなに騒がしかった霊気が静まり返って落ち着いている。


まるで城の住人全員が寝静まったようだ。


霊気が微塵も感じられない。


いや、僅かに感じるぞ。


俺の足元だ。


足元の奥深くに、まだ霊気が眠っている。


マミーレイス婦人かな?


でも、随分と先だ。


骨の地下深くだ。


「よし、まあ、帰るか」


俺は立ち上がると螺旋階段を上りだした。


宝物庫のお宝は諦めよう。


まあ、最初っから無い物だ。


だから欲しくもない。


ちょっと強がって見ました。


ぐすん……。


俺は牢獄の螺旋階段まで戻ると下の階を目指す。


プロフェッサー・クイジナートに会うためだ。


ついでに道中で転落したスケルトンナイトからマジックアイテムも回収した。


そして、クイジナートの作業場に入ると堪らなく熱かった。


急に玉のような汗が湧き出す。


ここは熱すぎだ。


死人のアンデッドじゃあなきゃ耐えられないぞ。


俺は檻の外から声を掛ける。


「よーーう、クイジナート。元気だったか~?」


金床で鋼を鍛えるデーモンのスケルトンがこちらをチラ見した。


クイジナートは作業の手を休めない。


一秒でも無駄に出来ないといった空気感で鍛冶仕事に精を出している。


そんなクイジナートがよそ見もせずに訊いてきた。


『お主、マミーレイス婦人を倒したのか?』


「いや、倒してない。だが、和解した」


『それは良かった』


「でえ、プロフェッサー。あんたマジックアイテムを作れるな?」


クイジナートはハンマーを振りながら答える。


室内にトッカントッカンとハンマーで鉄を叩く音だけが響いていた。


『ああ、作れるともさ』


「どのぐらい作れるの?」


『仕事をくれるのか?』


「そのつもりだ」


『月日を掛ければ掛けるほどに良いアイテムができる。大量生産ならば、粗悪品が多数作れるぞ』


「じゃあ、どっちの作業が好きだ?」


『どちらも仕事だ。仕事なら粗末にせぬ』


職人だね~。


労働者の鏡だわ。


「じゃあ、俺の好みで素晴らしい作品を頼む」


『何故に私がそのような依頼を受けなければならないのだ?』


「マミーレイス婦人も認めてくれたぞ。この城を俺が所有することを。そうなれば、お前さんは居候だろ?」


『うぬが新たな魔王か!?』


「いや、違うが城の主だ」


『同じである!!』


こいつらは、本当に魔王に拘ってるよな。


主が欲しいのかな?


「とにかくだ。俺のためにマジックアイテムを作ってくれよ。飛びっきりのヤツをさ」


『畏まった!!』


やっぱり主が欲しいんだ。


いや、仕事が欲しいだけなのかな?


「完成の月日は?」


『極上ならば一ヶ月!』


「じゃあ、この城の再開式の記念品に使うから、それなりの物を頼むぞ」


『それは光栄だ。ならば王冠か錫杖か、はたまた剣が良いか!?』


「プレゼントはお前に任せる。あとで人をよこすから、必要な素材やらは注文してくれ」


『感謝、我が主よ!!』


あー、思ったより堅苦しいな、こいつ……。


主人とかって俺には重い肩書きなんだよね。


「まあ、頼んだぜ~。プロフェッサー」


俺は灼熱の牢獄を出て螺旋階段を上った。


すると魔王城内に出る。


もうめっきり日は落ちていた。


夕日も落ちて夜空には真ん丸い満月が麗しく輝いている。


想像よりも長く地下ダンジョンに居たのかな。


俺はボートで向こう岸を目指した。


「おおーーい!」


あっ、ゴリたちだ。


スカル姉さんやガイアも居る。


向こう岸で全員が揃っていた。


「皆、ただいま~」


俺がボートから下りると皆が一歩引く。


「えっ、どうした?」


皆して顔が青いぞ?


俺の身なりがボロボロだから引いてるのかな?


ボーンゴーレムのスパイクナックルで穴だらけだもんな。


そりゃあ引くわな。


するとスカル姉さんが俺を指差しながら言う。


「アスラン……。なんだ、それは……?」


スカル姉さんの青い表情から戸惑いや恐怖やらが見て取れた。


なんか普通じゃあないぞ。


「スカル姉さん、なんだってなんだよ?」


俺は首を傾げるばかりだった。


冷静に俺を見上げているのはガイア一人だ。


俺はガイアに訊いてみた。


「ガイア、どうしたんだ?」


ガイアが俺を指差しながら言う。


「アスラン、後ろ?」


「後ろ?」


俺は首を傾げた。


「いいから、後ろ見てみな」


俺はゆっくりと振り返った。


そこには夜の湖が静かに窺えた。


その先に魔王城のシルエットが月夜に映っている。


魔王城はもう静かだ。


霊体のざわめきすら感じられない。


俺が前を向き直す。


すると皆が更に俺から距離を取っていた。


ガイアだけがその場に残っている。


「なんだよ、みんな。何も無いじゃんか?」


俺が笑いながら言ったが皆は首を左右に振るばかりだ。


すげー尋常じゃないぞ。


「マジで皆どうしたんだよ?」


今度はゴリが青ざめながら言う。


「いいか、良く聞けよ、アスラン……」


「なんだ?」


「もう一度振り返れ……」


俺は言われるままに振り返った。


今度は速い動きでだ。


しかし、背後には何も無い。


先程と同じ風景が広がっているだけだ。


俺は前を向き直して言う。


「だからなんなんだよ!?」


少しイライラしてきて声が大きくなってしまった。


ゴリが口元を押さえながら真剣に述べる。


「アスラン、お前には見えていないんだな……?」


「何が?」


「お前の後ろにいる十体近くの幽霊が……」


「えっ!?」


俺は素早く振り返った。


言われたら感じられた。


言われてから見え始めた。


俺の背後に立つ霊体の数々が……。


「ひぃーー!!」


俺は走って逃げるとスカル姉さんの腕に抱き付いた。


俺が居た場所には大臣の姿をした幽霊が十体ほど立っていたのだ。


しかも人間の幽霊では無い。


魔族の幽霊だ。


角有り、牙有り、エラ有り、とんがり耳有り、三つ目有り、翼有りと様々だった。


「な、な、な、なんだ、お前らは!?」


俺の怒鳴り声に幽霊大臣ズが片膝を地につける。


彼らは頭を下げながら言った。


『我らは魔王城に取り憑きし十大臣の霊。新しく魔王城の主となりました魔王さまにご挨拶に参りました』


「お、俺、魔王じゃあねえし……」


『マミーレイス婦人にお話は窺っております。財政や設備管理などに関しては、我々十大臣になんなりと命じてくださいませ』


俺は咄嗟に思い付いた言葉を口に出した。


「じゃあ、魔王城に住めるように再建を頼む……」


『畏まりました。直ぐに手配いたします』


踵を返した十大臣の霊は、歩いて湖を渡って魔王城に帰って言った。


俺はスカル姉さんの腕に抱き付いたまま述べる。


「スゲービビったわ……」


「なに、あの城はお化け屋敷か?」


「そうらしい……」


「それにしてもスカル姉さん……」


「なんだ?」


「小さいな……」


俺はマミーレイス婦人の温もりとふくよかさを思い出しながら言った。


「この糞餓鬼が!!」


憤怒したスカル姉さんが俺の腕を振り払うと素早くバックを取った。


ジャーマンだ。


しかし俺は持ち上げられる寸前で片足をスカル姉さんの片足に絡める。


「うぬぬぬぬぬ……」


「どーーだ、上がるまい!!」


すると俺の目の前にガイアの顔が浮き上がって来た。


パンダゴーレムがガイアを持ち上げているのだ。


「ていっ」


ガイアの目潰し。


「ぎぃぁあああああ!!!」


「ナイスアシストよ、ガイアちゃん!!」


俺はスカル姉さんにジャーマンスープレックスで投げられた。


朝まで気絶する。


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