13-36【母性の味噌汁】
俺が目を覚ますとテントの天井が見えた。
鳥の囀りがテントの外から聴こえて来る。
外は明るいようだ。
「朝か……」
ここはどうやら魔王城外のキャンプだろう。
水辺にテントを張った覚えがある。
「んん、いい匂いがするな」
テントの外からだ。
懐かしい香りである。
俺は眠たい目を擦りながらテントから這い出た。
するとテントの前で焚き火に鍋が吊るされている。
鍋は蓋が乗せられているが、その中から懐かしい香りが漂ってきていた。
あー、お腹が空いたな。
空腹に響く香りだ。
そういえば昨晩のことである。
魔王城から返って来てスカル姉さんにジャーマンスープレックスで投げられたんだ。
そこまでしか記憶が無い。
たぶん気絶したんだな。
その証拠に後頭部が少し痛む。
「んん~~?」
俺は辺りを見回した。
まだ早朝なのか人影は見られない。
木を切り倒し、切り株を掘り返し、周囲は工事現場のように荒れている。
エルフの村まで道を作ると言ってたが、その道もまだまだ僅かだ。
おそらく25メートルも進んでいない。
それにまだ舗装された様子も見えない。
まあ、エルフたちが作業を始めたのは昨日のことだ。
サイクロプスのミケランジェロが作業に加わってもこんなもんだろう。
「んんーー……」
俺はテントから出ると朝日を浴びながら背伸びをした。
森の朝は空気も旨い。
爽やかだ。
「あたた……」
寝袋に入ることもなくテントで寝ていたから体が痛いな。
穴だらけのレザーアーマーも着たままだった。
おそらくジャーマンスープレックスで投げられて気絶すると、そのままテントに投げ込まれたのだろう。
魔王城の新しい主を粗末に扱い過ぎじゃね?
まあ、いいか。
俺は穴だらけのレザーアーマーを脱いだ。
下の服も穴が空き、血に染まっていた。
「これ、魔力で修復するかな……」
マジックアイテムの多くは完全に壊れない限り穴ぐらいならば時間で再生する。
急ぐなら魔力を注げば早く再生する。
だが、流石にこれは穴だらけのボロボロ過ぎないか……。
「しゃあない。あとで魔法使いギルドに持って行って修復を依頼しようかな」
俺はレザーアーマーを異次元宝物庫に投げ込むと鍋が置かれた焚き火の側に寄った。
腹も減っている。
昨晩は飯抜きだったもんな。
俺は鍋の蓋を開けて中身を見た。
「これは……」
味噌汁だ。
茶色く綺麗に濁ったスープに茸が浮いている。
香りといい、ビジュアルといい、これは昔よく啜った味噌汁だ。
「なんで味噌汁が……?」
俺は辺りを見渡した。
しかし、誰も居ない。
誰がこの味噌汁を作ったのだろう。
そんな疑問が浮かんだが、それより食欲に促される。
食べたい。
味噌汁を食べたいのだ。
本当ならば、あまり茸は好きくないのだが、それよりも空腹のほうが勝っていた。
とにかく、食事が取りたい。
「器は……」
そうだ、器が居るな。
俺はテントに戻って中を見た。
だが食器は一つも無い。
俺は異次元宝物庫内に訊いてみた。
「食器はあるか?」
すると中から亡者のサトウさんが無い無いっと手を振っていた。
畜生、何故ここで食器が無いのだ!
不運だなー!!
ならば、素手で熱々の味噌汁を食べるか!?
できるか!?
やってみるか!?
いやいや、無理だろ!!
そんなことを考えていると、ふと霊気を感じ取った。
俺が魔王城のほうを見れば湖の上を霊体が一体歩いて来る。
「マミーレイス婦人!?」
そう、それは眠ったはずのマミーレイス婦人だった。
「なんでお前が! 成仏したんじゃあないの!?」
『成仏はしてませんよ』
フードの中で漆黒の闇が微笑んだように見えた。
そのマミーレイス婦人の手には幾つかの器と箸が数本あった。
俺は味噌汁の鍋を指差しながら訊いてみる。
「もしかして、あれ、お前が作ったの?」
マミーレイス婦人は鍋のほうまで歩きながら答えた。
『そうですよ、坊や』
「坊やはよせ、アスランだ」
『じゃあ、アスラン。味噌スープを飲むかしら?』
マミーレイス婦人はお玉で味噌汁を掬うと、持って来た器の一つに注いだ。
それを俺に差し出す。
「ありがとう、飲むよ、マミーレイス婦人」
俺は器と箸を受け取った。
『お箸は使える?』
「ああ、使える」
俺は箸を使い味噌汁を掻き回す。
そして器に口をつけて啜った。
俺の口からポツリと言葉が出る。
「旨い、懐かしい味だ……」
その後に具の茸を頬張った。
これなら行けるな。
しかし、本当に旨いぞ。
「熱々……」
『うふっ♡』
マミーレイス婦人は喜んでいるようだった。
『お箸の使い方がお上手ね?』
「そうか」
『味噌スープはご存知?』
「味噌汁だろ。昔はよく飲んでた」
『あら~、まあ~、そうなの~』
そして俺は二杯目の味噌汁を頂いた。
パンもあったので一緒に食べる。
本当に懐かしいな。
昔は朝食に食パンと一緒にお袋が作ってくれた味噌汁を啜ったもんだ。
友達は「パンは牛乳だろ。味噌汁じゃあないだろ」って言ってたが我が家は味噌汁でなんでも食べる。
味噌汁でカレーも食べたし、パスタも食べた。
そう言う家系だった。
「旨かった、ご馳走さまでした。ありがとう、マミーレイス婦人」
『どういたしまして、アスラン』
マミーレイス婦人は俺から食器を受け取ると水辺のほうに歩いて行く。
『じゃあ、お母さんは食器を洗ってきますね。その間にアスランは、その汚れた服を着替えてらっしゃい。洗濯してあげるから』
「ちょっと待てや!」
この幽霊は、聞き捨てならないことを言いやがったぞ。
『ええ、何かしら?』
「今、お母さんって言ったな?」
『あら、お母さんよりもママのほうが良かったかしら?』
「いやいや、そう言う問題じゃあねえよ!」
『はぁ?』
マミーレイス婦人は可愛らしく首を傾げて惚けた。
味噌汁の香りの代わりに、天然の香りが漂い始める。
「なんで、お前が俺の母なんだよ!?」
『私がママだと嫌かしら?』
「当たり前だろ!」
マミーレイス婦人はしくしくと啜り泣く。
『そんなにおっぱいの大きなママが嫌いなの……?』
「おっぱいの大きさは関係無いだろ。むしろ大きいほうが俺は好きだ!」
『じゃあなに、ママの何が気にくわないの!?』
「気にくわないとかじゃあねえよ!」
『こんなにママは息子に尽くしているのに、なんで分かってくれないの。これが親の苦労子知らずなのね!』
「いやいや、息子じゃあねえし!」
『じゃあ、この書類にサインして!!』
マミーレイス婦人が何やら羊皮紙を一枚広げた。
「なんだ、それは?」
『養子縁組の書類よ!!』
「マジか!?」
『これにサインしてくれたら、私たちは合法的に親子になれるわ!!』
「分かった、サインするよ、母さん!!」
俺はそう言いマミーレイス婦人から書類を受け取る。
しかし、サインなんかしないで書類を破り捨てた。
『なんでーーー!!!???』
「寝ぼけるな、当たり前だろ!!」
踵を返したマミーレイス婦人が湖のほうにトボトボと歩いて行く。
『諦めませんわ、アスラン。あなたが立派な魔王になるまで、お母さんは諦めないで尽くし続けるんだから!』
「諦めろ! この悪霊が!!」
マミーレイス婦人はそのまま魔王城に帰って行った。
あの城は、マジでヤバイ悪霊が取り憑いているぞ!!
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