8-17【奇襲をされることもある】
俺は早朝から行動を起こしていた。
村長の家の納屋を出たあとに、まずはバンリさんの家に立ち寄ってみた。
まあ、掘っ立て小屋だな。
そこら辺から切り倒してきた丸太の柱に雑な板で壁をこしらえた物置のような小屋である。
屋根なんてカボチャサイズの石をいくつかのせて屋根板が飛ばないように押さえていやがるし、扉だって日曜大工でサラリーマンのパパさんが作った感じの下手糞な出来である。
ここにバンリさんとアンリさんが二人で住んで居たのかと思うと、なんとも貧しい生活を送ってたんだなと感じた。
いくら田舎の貧乏農夫の家だとしても粗末すぎるだろう。
「お邪魔しま~す」
俺は立て付けの悪い扉を開けて小屋の中に入った。
室内の空気は埃っぽい。
しばらく住人が帰ってきていないのが空気の流れだけで分かる。
「狭いな……。ここに兄妹二人で過ごしていたのか……。さぞ貧しかったんだろう」
薄暗い部屋の中で、壁や天井から木漏れ日のように明かりが入って来ていた。
隙間風と雨漏りが酷そうである。
俺は部屋の中を探るように見回した。
確かバンリさんが居なくなって数ヶ月だっけな。
まだ小屋には生活感が残っている。
でも、食器が無いな。
鍋なども無かった。
ベッドには毛布すら無い。
身支度を整えた痕跡があるぞ。
引っ越しでもしたのか?
旅にでも出たのか?
それとも自殺のための身辺整理かな?
いや、自殺はなさそうだ。
自殺するのに枕や毛布を持ち出さないだろう。
これはバンリさんは生きてるぞ。
村を出て行ったのかな?
まだ、結論は出ないけれど生きてるって可能性は濃厚だ。
「よし、朝飯を食いながら山にでも入るか──」
俺はコカトリスの手羽先を咥えながら山に入った。
小屋の裏は直ぐ山である。
細い道もあった。
まずはその道を辿って山を進もう。
この山道をコカトリスの肉を咥えながら進んでいれば、曲がり角で食パンを咥えた可愛い子ちゃんとぶつかって、ラブストーリーが始まるかも知れない。
いや、ごめん……。
こんなド田舎の山道で、そんなときめくハプニングなんてあり得ないよね……。
可能性はゼロだろうさ……、グスン。
まあ、気を取り戻してっと。
俺は追跡スキルを使って足跡を探す。
【追跡スキルLv1】
足跡などを見つけて、対象を追跡や探索ができる。
初めて使うスキルだが、こんな時こそ役に立つスキルだね。
「おっ、見える見える。足跡があるじゃんか」
さっそく山道に足跡を見付ける。
人間の足跡が複数あるが、それとは別にハッキリとした蹄の跡が残っていた。
動物の足跡だ。
馬とか鹿じゃあないよな、これはミノタウロスだよな。
蹄のサイズも大きいしさ。
それに二本足で歩行した蹄の足跡だ。
「よし、ビンゴって感じだね」
まだ山に入って差程たっていないのに、もうミノタウロスの痕跡を発見しちゃったわ。
てか、こんな人里間近にミノタウロスが下りて来ていいのかな。
駄目だろ……。
こりゃあアカンな。
こんなところまでミノタウロスが来ているようなら、村人に被害が出るのも時間の問題じゃね。
とにかく早めにミノタウロスを退治しないとならないだろう。
俺はいつミノタウロスと出会してもいいように、周囲を警戒しながら山道を進んだ。
さて、でも、この道はどこに通じているのだろう。
ローマかな?
オートマッ◯スかな?
それにミノタウロスの足跡もハッキリと残ってやがるな。
なんどもこの道を通っているのが分かるぞ。
俺は山道を上へ上へと登って行った。
振り返れば随分と景色の良い高さまで上がっていた。
山道の疲労に、少し息が上がっている。
これだとレベルアップしたときに、登山スキルを覚えそうだぜ。
まあ、それもありかな。
「それにしても、山登りって案外と清々しいんだな~」
小学校の歩き遠足で弥彦山を登ったのを思い出す。
「うん、空気が旨いぜ」
そして俺は山の頂上に到達していた。
そんなに標高が高い山でもなかったのか、あっという間だったぜ。
でも、疲れたわ……。
整備されていない坂道を登るのはつらいやね。
だって足場がデコボコなんだもの。
「んん?」
一息付いた俺が山の裏側を見下ろせば、山の麓から煙りが上がっているのが見えた。
人里とは反対側から狼煙が上がっているのだ。
「煙り?」
森の中から煙りが上がっているから、何故に煙りが上がっているか詳しく状況が分からない。
「狼煙ってほどでは無いが、人が火を使っているのは確かだな……」
俺は少し休憩を取ってから山の裏側に下りて行った。
煙りが上がるポイントを目指す。
そして、もう道は無い。
ショートソードを振り回して藪を切り裂きながら進んだ。
たぶん一時間ぐらい歩いただろうか、そろそろ煙りのポイントに到着するころだろう。
俺が藪の中をガサガサと進んでいいると、開けた場所に出た。
小さな広場だった。
奥に雑な作りの小屋がある。
まるでバンリさんとアンリさんが住んでいたボロ小屋のような作りだ。
煙りはその小屋から上がっていた。
「ここに人が居るのか?」
バンリさんの家と変わらないサイズのボロ屋だった。
最初はマタギや木こり用の山小屋かと思ったが、更に近付いて周囲の様子を窺うと俺は驚いた。
畑である。
山小屋の周辺が耕されて、畑に成っていた。
いろいろな野菜が育てられている。
ナス、大根、ニンジン、玉ねぎ、カボチャ、パプリカ、アボカドまでありやがる。
「こんなところに農家が?」
山の中に人が住んでいるなんて聞いてなかったぞ。
バンリさんが村の最果てに住んでいるはずだ。
なのに更なる最奥の山中に人が住んでやがる。
に、しても……。
迂闊であった。
俺が山小屋や野菜畑に気を取られていて、ヤツの接近に気が付かなかったのだ。
今思い出しても不覚……。
そもそも、そんなことはないと思っていたからだ。
まさか巨漢のミノタウロスに、気が付かれずに接近を許すなんてあり得ないと考えていた。
いや、そんなことは考えてもいなかった。
だからだ──。
俺の背後から気配を感じる。
獰猛で巨大な気配を……。
鼻息が荒いよね……。
「まずったぜ……」
『モーーーー!!!』
俺は瞬時に前へ飛んだ。
俺の居た場所に大きな斧が振り下ろされるとドスンっと衝撃が轟く。
俺は地面を転がると振り返りながら立ち上がった。
「出やがったな、ミノタウロス!!」
『モーーーー!!!』
雄叫びを上げるミノタウロスは、噂通り頭が牛で、身体は人間だった。
巨大な身体は身長2メートル30センチほどある。
人間では届かない長身だ。
体格も逞しい。
まさにミノス王国の野獣王子の成りである。
そして、片手に錆びれた戦斧を持っていた。
上半身には継ぎ目が多い革の服を纏い、腰にはミニスカートサイズの腰巻きを身に付けている。
手には革の手袋、足には革の靴まで履いていやがる。
全身革製の衣類を身に付け、その隙間から見える肌は褐色で筋肉質だった。
腹筋なんて見事なシックスパックですがな。
「こいつがここに暮らして居るのか?」
ミノタウロスが服を作って纏い、ボロ小屋を作り、野菜畑を育てて、火まで起こしているのか?
もしかして、このミノタウロスはとても賢いのか?
それなら俺が背後を取られたのも理解できる。
こいつは蛮族的なミノタウロスじゃあねえな。
こいつは文化人系ミノタウロスだ。
ならば話せば分かるかな?
「あの~、ちょっと話をしないか?」
だが────。
『モーーーー!!!』
駄目だ!
目が行っちゃってる!
完全に興奮しちゃってますがな!?
ミノタウロスは俺の言葉も聞かずに襲い掛かって来た。
双眸が鬼畜の如く血走ってやがるぞ。
そして、ブルンブルンと戦斧を振り回しながら、逃げる俺を追いかけて来る。
「ひぃぃぃーーー!!」
『モーーーーー!!!』
駄目だこりゃあ!!
逃げる俺。
話が通じるタイプじゃあないいぞ!!
興奮しきった闘牛のように荒々しい。
説得は無理だ!!
戦うしかないのか!?
走りながら逃げ回る俺は異次元宝物庫からロングソード+2を取り出すと足を止めた。
振り返ると同時に横一線の剣技を繰り出す。
「斬っ!!」
『モーーーーー!!』
だが、俺の剣をミノタウロスは飛んで躱した。
俺の頭の上を飛び越えると、空中で可憐に身体を捻りながら俺の背後に着地する。
「俺の頭を越えるほどのムーンサルトだと!?」
俺は着地直後のミノタウロスに斬りかかった。
だが、すぐさまミノタウロスも攻撃を繰り出して来る。
『モーーーーー!!』
「なに!?」
俺の剣とミノタウロスの戦斧が激突した。
しかし、力負けした俺は、衝撃で後方に飛ばされる。
「糞っ、打ち負けたのか!?」
俺は転倒を免れたが、心が動揺していた。
このミノタウロスは普通じゃあない……。
てか、獣ではないぞ……。
こいつは戦士だ……。
手練れの戦士である………。
『モーーーーーーっ!!』
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