8-16【まずは情報収集から】
現在俺はヒュンダイ村から二つ先に進んだ村に来ていた。
村の名前はサムスン村だ。
二つ先に進んだと言うよりも、二つ田舎に戻ったと言い換えたほうが正しいかも知れない。
サムスン村はヒュンダイ村よりも田舎なのだ。
と、言いますか、サムスン村は最果ての村である。
ド田舎だ。
この先には険しい山脈しかないのだ。
他の村や町に通じる街道は皆無である。
そんなこんなで、俺がサムスン村に到着したのは日が沈みかけた時間帯であった。
そして残念なことにサムスン村には宿屋が無いらしい。
そもそも村人以外の部外者が立ち寄るような場所でもないので酒場すら無いのだ。
勿論、観光名所も無い。
俺はミノタウロス退治を受けてやって来た冒険者だと名乗り、半ば無理矢理に村長の家に泊めてもらった。
ここでも黄金剣が名刺代わりとなる。
そして、村長の家と言ってもヒュンダイ村の村長家とは大違いで、建物は普通の家サイズだ。
どうやら依頼人のアンリが嫁に入った村長の家は、この辺一体の大長者さまらしい。
幼少時代に苦労したかいがあってか、アンリさんは随分と立派な名家に嫁入り出来たんだね。
完全に玉の輿だわ。
そして、アンリさん曰く、行方不明になった兄の名前はバンリと言うらしく、俺は晩飯を頂きながら村長さんに彼のことを詳しく訊いたのだ。
村長さんと奥さん、それに十二歳ぐらいの息子さんと一緒にテーブルを囲んだ。
晩飯を奥さんが振る舞ってくれる。
村長さんも奥さんもまだ若い。
奥さんは明るくニコニコしているが、村長さんはナヨナヨと頼りない感じだ。
息子さんも線が細くて女の子のようだった。
なんでも先代の村長さんから村長の座を受け継いだばかりらしいのだ。
「で、バンリさんってどんな人だったんですか?」
俺が問うとおしゃべりな奥さんが答える。
「そりゃあ昔は働き者だったんですよ。両親を事故で亡くされてからは、兄の手一つで妹さんを育てたんですからね」
それはアンリさんからも聞いた情報だな。
もっと別の情報が欲しいぞ。
「どうしてバンリさんの両親は亡くなられたんですか?」
「落雷ですよ、ら・く・ら・い」
「落雷?」
「なんでも畑仕事中に雨が降ってきて、木の下で雨宿りをしていたんですって、夫婦二人でね。そこに落雷が落ちたらしいのよ」
「その一撃で二人は亡くなったのか?」
「ええ、本当に運が悪い不幸な事故でしたよ……。丸焦げでしたからね……」
「落雷で丸焦げかあ~……」
なるほどね~。
たぶん開けた畑の側に、一本だけ木があったんだろうな。
そこに雨宿りしちゃって、落雷事故かぁ~。
不幸と言えば不幸だわな。
運がなかったんだろうね。
「それで、なんでバンリさんは働かなくなったんだい?」
「たぶん、妹さんを嫁に出して、心の中で緊張の糸が切れたんじゃないのかね」
「緊張の糸?」
「ほら、もう妹さんのために必死で働かなくても良くなったんだよ。緊張感がなくなったんじゃないかな」
「目標がなくなったと?」
「そうそう、そんな感じじゃあないのかしら。自分一人なら、どうにでもなると考えたんでしょうね」
「バンリさんって、結婚は?」
「してないわ。そもそも女の子に興味があったかも分からないほどに甲斐性なしだったものね。畑仕事と妹さんのこと以外は、のんびり屋だったのよ」
「のんびり屋ね~」
「まあ、妹さんを嫁に出して、脱け殻になったのね」
それにしてもこの奥さんは良くしゃべるよな。
それに引き換え、旦那の村長さんも息子さんもぜんぜんしゃべらないぞ。
黙って食事を取りながら、俺らの会話を聞いているだけだ。
この家は完全に、かかあ天下なのかな?
まあ、それで家族のバランスが取れてて良いのかも知れないな。
「なるほどね、それでバンリさんは働かなくなったんだ。でも、なんでそのバンリさんが消えたんだい?」
「働かなくなったって言っても、飯は食わなきゃならないからね。その程度には働いていたんだよ」
「その程度って、どの程度?」
「一人ならやっとこ食って行けるだけの小さな畑は耕してたし、山に狩りにも入ってたらしいからね」
「まあ、完全に何もしてなかったってわけでもなかったのか」
「それが三ヶ月前から突然居なくなったのよ」
「ぜんぜん家には帰ってないのか?」
「ええ、だから村を黙って出ていったか、山で何かあったのかしらと皆で噂していたのよ。そしたら、ほら、例のミノタウロス目撃事件が多発してね」
「なるほどね~」
「だから冒険者さんにミノタウロスを退治してもらって、そのあとに、村の若い子にバンリさんの家と畑を譲ろうかと考えているのよ」
「そうだね、いつまでも畑を遊ばせておくわけにもいかないか」
「そうなのよ。畑は人の手が入らないと、直ぐに荒れちゃうからね。早めに誰かに委ねたいのよ」
なるほど、だいたい分かったぞ。
真相はどうあれ、やっぱり山に入って件のミノタウロスを退治しないとなるまいな。
俺は飯を食べ終わると席を立った。
「よし、俺はもう寝るぜ。明日の朝早くから山に入るから、別れは言わずに旅立ちます」
クールに気取った俺は、そう告げると村長の家を出た。
庭にある納屋へ向かう。
村長の家には空き部屋が無かったので納屋で寝ることになったのだ。
まあ、野宿よりはましだ。
屋根があれば雨は凌げる。
壁があれば風も凌げるからな。
これも魔女に監視されてて、ソドムタウンに帰れないのが大きな原因である。
早く胸の中の探知指輪をどうにかせんとならないな。
まあ、それは置いといてだ。
明日からはバンリさんの家を拠点にして山に入るつもりだ。
ここに泊まるのは一泊だけである。
そして時間は過ぎて深夜になった。
俺が藁をベッドに馬達と寝ていると、誰かがランタンを持って納屋へ入って来る。
俺は眠っていたが気配に気付いて目が覚めた。
まあ、魔女の件もあったから、警戒していたのだ。
俺はランタンの明かりが近付いて来る前に、納屋の奥の物陰に隠れて様子を窺った。
納屋に入って来たのは、村長の息子さんだった。
十二歳ぐらいの少年だ。
なんて名前だったっけな?
聞いたが覚えていない。
それよりこんな時間に何しに来たんだ、あの少年は?
村長の息子さんは寝巻き姿でキョロキョロしていた。
どうやら俺を探している様子だ。
俺は暗闇から姿を表して声を掛けた。
「なんだい、坊主。こんな夜分に何かようか?」
突然現れた俺に少年は驚いていたが、俺の質問にはモジモジして答えない。
なんだかじれったいな。
俺は少年の側まで歩んだ。
そして近付いてから気付く。
モジモジと俯く少年の寝巻きは、スケスケでピンクなネグリジェだった。
股間をちょこっとだけ隠している際どい紐パンを履いている。
なんで!?
なに、この格好!?
最近の俺は「なんで!?」って台詞が多くね!?
それよりもなんだよ、このモジモジの色欲少年は!?
なんでスケスケネグリジェに紐パンで乳首をおっ立ててんだよ!!
完全にワケワカメだわ!!
そして少年がモジモジしながら何かを呟いている。
あー、もー、じれったい、何を呟いてやがるんだ?
俺は手を耳に当てて彼の口元に頭を近付けた。
「ぼ、冒険者さま、カッコイイです……」
「はぁ~~?」
「ひ、一晩でいいので、ぼ、僕を抱いてくれませんか……」
俺はゆっくりとした動きで少年の背後に回り込むと、後ろから彼の肩を両腕で軽く抱いた。
そして耳元で囁く。
「舐めんなよ、クソガキ」
俺はスリーパーホールドで少年の首を締めた。
正確に説明すれば、首の頸動脈を両腕で圧迫して脳に向かう血液を遮断したのだ。
結果───。
「うぐぐぐぅぅ………」
直ぐに少年は落ちた。
意識を失い全身から力が抜ける。
そして気を失った少年を、優しくお姫様だっこで抱え上げると納屋を出て、村長の家に向かった。
玄関先に少年を寝かせると、額にキスをしてから柔らかい笑みで言う。
「二度と来るな、クソガキが」
俺は納屋に戻って寝直す。
そして、朝になると黙って旅立った。
ミノタウロスを退治しに──。
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