5-25【甲冑グール】

突如スケルトンウォリアー二体を左右に吹き飛ばしながら登場した巨漢のマミーは武器を持っていない。


丸腰の無手である。


「テカイのが出てきたな」


床に転がるウォーハンマーがマジックトーチの明かりで映し出すミイラの巨漢は不自然だった。


両腕が少し長い。


両拳が大きい。


身体のラインも太くてアンバランス。


薄汚れた包帯でグルグル巻きにする全身はゴツゴツとしていた。


こいつは包帯の下に、甲冑を身に付けてやがるな。


腕はガントレットか?


この野郎はアンデッドかも知れないが、マミーじゃあないぞ。


「食らえ、ファイアーシャード!」


俺は試しに炎の魔法を放った。


すると乾燥していた包帯が一気に燃え上がる。


「おおう、良く燃えるな」


だが、ジャイアントマミーは狼狽えない。


炎にも平然としていた。


「耐火防御かな?」


多分そうだろう。


そして、燃え上がった包帯が焼き落ちると、中からはフルプレートを完全武装した大男が現れた。


鎧の隙間からは冷気を放っている。


「冷気系のマジックアイテムなのか?」


『ぐるぐるぐるぅ~』


唸る巨漢。


ヘルムの覗き穴から赤い双眸が輝いていやがる。


なんなんだ、こいつは?


「ネーム判定!?」


【グール】


へっ?


グールなの?


こいつが?


じゃあ、楽勝じゃあねえの?


グールってさ、レイスよりも下等なアンデッドモンスターですよね?


スケルトンやゾンビの一個上程度のクラスですよ。


ならば身長が2メートル以上でも関係ないわ。


それなら前にも戦っている。


確か死人の森で2メートル級のグールと戦った。


パワーで凌駕しているゴーレムだって倒しているんだ。


「やっぱり楽勝だぜ」


それが俺の算段だった。


よし、斬りかかるぞ。


「とーーーりや!!」


『ぐるっ!!』


ドゴーーーーン!?


「うぷっ!!!!」


俺がロングソードを翳して飛び込むと、長くて速い前蹴りに蹴り返された。


モロにグールの爪先を腹に食らい、見事に俺は蹴り飛ばされてしまう。


後方に飛んだ俺はゴロゴロと三回ぐらい転がってから止まった。


「な、なんでっ!? 速くね、あの蹴り!?」


俺はロングソードを杖代わりに立ち上がる。


「うえっ、吐きそうだ……。胃液が登って来たわん……」


俺が前を見るとジャイアントグールがカチャリカチャリと音を鳴らしながら歩み寄って来る。


こいつは、本当にグールか!?


凄く速いぞ……。


死人の森のジャイアントグールより速いじゃんか……。


重々しいプレートメイルを着込んでいるのにさ!


ならば、膝を貫く!!


俺はグールの機動力を低下させる作戦に出た。


「マジックアロー!」


俺の手から発射された魔法の矢がグールの膝を狙うが、魔法の矢が露骨に逸れて床に当たる。


「ええっ~!!」


畜生!!


攻撃魔法防御か!!


俺は慌てて魔法感知をしてみた。


やっぱりあのフルプレートが輝いていやがる。


手元にないからアイテム鑑定はできないけれど、おそらくあの鎧が魔法を防いでいるのだろう。


耐火防御だけじゃあねえや、耐魔法防御も備わってやがるんだ!


ならば剣で斬るのみか!?


相手は武器無しだ。


素手だ。


なのにあの蹴り技ってことは、武道家か?


武道家なのにフルプレートですか!?


わけが分からんぞ!?


道理を無視してやがる!?


「ぐるっ!!」


あ、ジャイアントグールがダッシュで間合いに入って来たぞ!!


両拳を眼前に揃えて、頭を低く背を丸めた姿勢からのダッキング。


「速いッ!」


迎え撃たねば!!


ならば武器の一撃で勝負だ!


俺はロングソードで突きを放つ。


狙いはグールの頭部。


あれ、消えた!?


違う、下か!?


しゃがんでいる!?


地面スレスレの低い姿勢!?


背中!?


尻!?


廻ってる!?


蹴り!!??


後ろ廻し蹴りだと!!??


「げふっ!!!」


また蹴られた!?


下から突き上がって来る蹴り技が、俺の腹部に強打と化してヒットする。


「なにそれ!?」


下からの海老反り蹴りだと!?


腹の中の胃酸が喉まで上がって来る。


「カハッ!」


俺の身体が、また後方に飛んだ。


しかし、今度は倒れない。


着地!


堪えたぞ!


「ぐぅ~~……。吐きそうだ」


腹の中が、胃袋が踊ってやがる……。


気持ち悪いぞ……。


マジで吐きそうだわ……。


俺はノタノタと後退しながら息を整える。


そして一呼吸の後にセルフヒールを一回使う。


「セルフヒール……」


ちょっと落ち着いたかな。


俺の体力が少し回復した。


そのことで息も整う。


それにしてもだ──。


畜生、グールがノシノシと近付いて来るぞ。


真っ直ぐな姿勢で歩んでいたグールの姿勢が瞬間的に動きを見せた。


『ぐるるっ!』


また蹴り技だ。


今度は前蹴り。


長くて太い右足が下から顎を狙って来る。


俺はロングソードを横にして顔を守った。


「防御するしかねぇ!」


グールの爪先が俺の顎先に迫る。


『ぐるっ!』


「あらっ!?」


突如ながら蹴り技がカクッンって膝から横に曲がって上段廻し蹴りに変化したぞ!?


下から来るはずの前蹴りが、横からの廻し蹴りに急な軌道変化をした!?


「フェイクかよ!?」


フェイント攻撃だと!?


ガードが間に合わない!!


俺は身体を大きく後ろに反らして回避に転じる。


「くっ!!」


しかし、廻し蹴りの爪先が鼻をかすったぞ!!


目眩!?


当たってる!?


かすっただけなのに!?


だが、耐える!!


鼻血が舞った。


しかし、蹴りを振り切ったグールは片足立ちで姿勢が悪い。


斬りかかるならば今だ。


俺が逆水平に斬りかかる。


「おらっ!!」


『ぐるぐっ!』


あれっ、空ぶったはずの蹴り足が、高い踵落としの構えに変化してるじゃんか!?


これって、踵落としがドンピシャリのタイミングじゃあねえの!?


攻撃中断だ!?


引く!?


間に合え!?


「ひぃ~~~!!」


『ばっ!!』


俺の眼前を大きな足の裏が猛スピードで下って行った。


踵落としを寸前で躱す。


躱せたぞ!!


「えっ!?」


近い!?


グールが深い踏み込みと共に前に迫ってきた。


「踵落としを踏み込みに接近しやがったのか!?」


空振りを利用した重心移動かよ!


続くジャイアントグールの連続攻撃。


空ぶった踵落としの足を踏み込みにしてのパンチだ。


「ここで長くて大きな拳の攻撃か!?」


腰から真っ直ぐに伸び出た巨拳が螺旋を捻るように俺の顔面に迫る。


まさに万全からの殴り技。


「正拳突きだと!?」


俺のバックステップ!?


「間に合わない!!」


拳が顔面に直撃!!


ガンっと視界にお星様が輝いた。


鼻の頭が潰されて激痛の信号が脳裏に火花を散らす。


しかし、浅い、が!?


俺はよろめきながら後退した。


目の前がチカチカするぞ!?


「脳が揺れたのか……」


俺は星が舞う頭を揺する。


ダメージからの霧が覚めて前を見れば、ジャイアントグールは大拳を撃った形で固まっていた。


「決めポーズかよ、畜生めが!!」


あっ、鼻が曲がってないか、俺!?


「ピュアヒール!」


俺は曲がった鼻を回復魔法で元に戻した。


それにしても、今のは正拳突きだぞ。


こいつは武道家じゃあないぞ。


こいつは空手家だ。


完璧に空手家じゃあねえか。


どれもこれも空手の技だぞ。


しかも、魔法防御が施されたフルプレートを着こんだ空手家だぞ!!


こいつが───。


こいつが、やっぱり英雄クラスのアンデッドなのか!?


英雄クラスの一体なのか!?


その時である。


カチャリ……。


えっ?


俺は何かを踏んで、足元が僅かに沈んだ。


俺が踏んだ物を見ると、何かのボタンのような物だった。


「なに、これ?」


ゴトンっ!!


ええっ、なになになに!?


凄い地鳴りが響き増したよ!?


ゴォゴォゴォゴォゴォコォォオオオ!!


何だ、何だ、何だ!!??


周囲が揺れている!?


ジャイアントグールさんも慌ててますよ!?


これはこいつの仕業じゃあないみたいだわ!!


なに、地面が動いている!?


いや、通路ごと動いているのか!?


俺が入って来た通路側が下に動き、反対側が上になって坂道を作る。


通路がシーソーのように動いて急斜面を築いた。


ゴォゴォ、ゴォゴォ、ゴォゴォ……。


なに、坂の上から地鳴りが少しずつ迫って来るぞ??


何か来るの??


ゴォゴォゴォゴォゴォゴォゴォゴォォオオオ!!!


速くなってきた!!


何あれ!?


闇の中から巨大な玉が転がって来ましたよ!!


縦横15メートルの通路一杯サイズの大玉が、ゴロゴロと轟音を鳴らしながら転がって来ましたよ!!


「あれ、鉄球じゃんか!?」


その大鉄球が転がる先の岩を踏み潰して砕いてますわよ!!


「ひぃーーーー!!」


『ぐるぐるぐる!!』


俺が下に向かって走り出すと、ジャイアントグールも俺に倣って走り出した。


俺たち二人は戦いを忘れて全力で坂道を下る。


その背後から転がって来た大玉が迫って来た。


あんなのに潰されたらペシャンコどころじゃあ済まないぞ!!


内臓が口から全部出ちゃいますわ!!


「あわあわあわーーー!!」


『ぐーーーるぐるぐる!!』


ヤバイ、大玉に追い付かれる!!


そうだ!!


通路は四角い、大玉は丸いんだ!!


四隅には若干の隙間があるはずだ!?


そこに飛び込めれば、どうよ!?


もう、追い付かれる。


一か八かで試すしかない!!


「とーーりや!!」


俺は部屋の隅に身体を伸ばして飛び込んだ。


俺の背中に若干ながら大玉が触れたが、何とかやり過ごせる。


大玉は轟音を響かせながら下って行った。


闇の中に消えて行く。


「あぶねぇ~~……。潰されるところだったわぁ……」


俺は立ち上がると薄暗い通路を下って行く大玉を見送った。


しばらくしてドスーーンと、暗闇に轟音が響く。


その一撃で閉鎖ダンジョン内が激しく揺れた。


どうやら大玉が終点の壁に激突したようだ。


俺が改めて周囲を見回すと真っ暗だった。


ランタンが壊れて僅かに油が燃えているだけである。


ウォーハンマーの明かりが見当たらない。


大玉に踏まれてウォーハンマー自体が壊れたのかな?


それに空手家グールの姿も見当たらなかった。


「確か大玉に終われてたよね。グールもさ……」


あいつは大玉に踏まれててください。


お願いします……。



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