4-34【外伝•アスラン暗殺指令③】

毒を縫った吹き矢。


それが俺の武器である。


長さ60センチの竹竿をくり貫いて作られた筒じょうの吹き筒が本体。


仕様される弾丸は動物の革を鞣して円錐型に加工した先に毒針を細工した物を使用する。


射程距離は約20メートル前後。


使い手の肺活量によって若干の差が生まれる。


毒針の発射時は静か故に隠密攻撃には向いているが、毒針の着弾と共に攻撃者の存在は確実に露見してしまう。


故に、毒針を命中させたら逃げるか潜むかが鉄則な暗殺用の武器である。


だが俺は、この吹き矢をパーティー戦で活用してきた。


パーティーの後衛として控えるヒーラーは戦闘時には役に立たない。


その役割は戦闘後の治療がメインになるからだ。


しかし俺は、仲間たちが戦っているのに黙って後ろで見ているだけなんて出来なかった。


パーティーの仲間として役に立ちたい。


一緒に戦いたい。


そう俺は願った。


だが、俺には剣の才能も魔法の才能もなかった。


戦闘には不向きな存在だと思っていた。


でも、少しでもパーティーの役に立ちたかった俺は、出来るだけのことを考えた。


頭を捻り、知恵を絞り考えた。


そして、思い付いたのが吹き矢での援護攻撃だった。


毒を使い、目眩を誘い、時には嘔吐を促す。


吹き矢が命中しても、すぐさま毒の効果は出ない。


出ないが戦闘が長引けば長引くほどに毒は効果を発揮した。


敵の即死は難しくても、時間を掛ければ戦闘困難にまでは追い込めた。


そこまで敵を苦しめれば、あとは仲間たちが勝負をつけてくれる。


そうやって俺はパーティー内でも活躍してきた。


それが俺の戦いかただった。


だが、今回は一人だ。


頼りになる仲間も居ない。


なのに一人でアスランって言う小僧を殺さなければならない。


俺は人殺しなんてしたことがないのにだ。


俺は冒険者だ、殺し屋ではない。


人殺しなんて殺りたくない。


しかし、殺らねばならぬ……。


俺が殺らねば、故郷の両親たちがDQN女に殺されてしまう。


他人の命よりも、身内の命だ。


これだけは綺麗事も言ってられない。


でも、どうやって小僧を殺せばいいんだ?


俺が出来る戦法は吹き矢のみだ。


吹き矢で毒殺するしか術はない。


だが、俺が持ってる毒では即死は難しい。


上手く毒矢が命中しても、ターゲットが死ぬまで数分の時間が必要だ。


吹き矢で攻撃する。


そしたら、俺の存在がバレる。


俺は盗賊じゃないから、潜伏スキルとか持っていない。


間違いなく、攻撃すればバレてしまう。


ならば、走って逃げるか?


いや、俺は足が遅い。


村の運動会で駆けっこをしても、いつもゲッポだった。


それにアスランって小僧は、ウルブズトレイン事件などを起こして足が速いってのは聞き及んでいる。


毒矢が命中してても、絶対に追い付かれるぞ。


ならば、どうやって毒矢を命中させてから時間を稼げばいいんだ。


提案その一。


食事に毒を盛る。


提案その二。


寝首を刈る。


提案その三。


お金を払って殺し屋を雇う。


あっ、三本目が名案じゃないか。


そうだよ、何も俺が自ら手を汚さなくたって良いじゃんか。


ちょっと資金が掛かるけど、本物の殺し屋を雇えば問題解決なんじゃあないのか。


殺しは殺しのプロに任せるべきだ。


よし、そうしよう。


殺し屋を雇おう。


ならば、盗賊ギルドに行くのが一番早いかな。


このソドムタウンにも盗賊ギルドはあるはずだ。


そして、俺は盗賊ギルドに足を運んだ。


「すまないが、暗殺を願いたい」


そこは古びた酒場の地下だった。


上の階のカウンターで殺し屋を雇いたいと願ったら、ここに通されたのだ。


周囲はまるで倉庫だ。


薄暗い部屋には樽や木箱がたくさん積み重ねられている。


なんだか盗賊ギルドっぽい空気を醸し出していた。


そして、暗闇から一人の男が姿を現す。


闇に潜む影は体格からして男性だと分かるが、年齢までは見てとれない。


その人影が渋味の深い声で語りかけてきた。


「誰を殺したい。対象者しだいでコストは異なる」


俺は唾を飲み込んでから答えた。


「この町に住む、アスランって少年だ」


人影は顎を撫でながら言った。


「あの変態少年か……」


「えっ、アスランって変態なの?」


「ああ、この町でも有名な変態少年だ。ちょくちょく全裸で歩いているぞ」


「なに、マジ!?」


「お前さんは、あんな変態を金まで払って殺したいのか?」


「いや、えっと、まあ、そうなんだけれどね……」


「なんて金の無駄使いだ。俺なら暗殺資金で女を抱いたほうが有益だと思うぞ。アスランの暗殺に金を使うなんて金塊をドブに捨てるより勿体無いわい」


「ええ、そうなの……。じゃあ、ちょっと考え直して来るわ……」


こうして俺は盗賊ギルドを出て行った。


しばらく町中をぶらぶらと歩いて考える。


時間は夜だった。


町のあちらこちらで娼婦たちが客引きにせいを出している。


俺は遠目に娼婦たちの胸元を眺めながら、もう一度冷静に考え込んだ。


アスランの暗殺。


それは天秤から無理矢理依頼された暗殺指令だ。


しかも、無賃金。


殺らないと、故郷の村を壊滅させると脅されたからだ。


そして、あのDQN女ならば殺りかねない残虐行為。


だが、本当に彼女は、そんなことをするだろうか?


もしも俺がアスランの暗殺を失敗したのならば、わざわざ数ヵ月も旅して田舎に帰り、そこで何十人もの村人を殺す苦労を行うだろうか?


あのDQN女ならば殺しなんて行為を殺りかねないが、遠く旅までして、そんな面倒臭いことを実行するだろうか?


何より面倒臭いが先に立ちそうだ。


たった一人の変態少年を殺すのすら面倒臭がっている女が、わざわざ遠出してまで殺戮をしてくるほど働き者だとは思えない。


「そうだよ、冷静に考えれば、そうだよね!」


俺は売春宿の屋根越しに見える満月を眺めながら決意を固める。


「よし、今晩は思いっきり可愛い姉ちゃんと遊んでから、明日一番でゴモラタウンに帰ろう。そして、もう二度とソドムタウンになんか来ないぞ。天秤の顔を見たら、一目散に逃げるんだ!」


そう決意を固めた俺は、ありったけのお金を使って、一晩大騒ぎをした。


心残りがないように──。


今晩が人生最後の豪遊である。



【外伝・アスラン暗殺指令】完。



数日後──。


「なあ、天秤」


「なんで御座いましょう、アマデウスさま?」


「アスランの暗殺ってどうなった?」


「あー、あれですか~」


「そう、あれだ」


「あれなら殺し屋を雇いましだが失敗したようですね。ですからアスランも生きてます」


「なんだそれ……」


「大丈夫です。いつかアスランは、この天秤が暗殺しますから~」


「絶対に忘れるなよ」


「はい!」


だが、この暗殺指令は、しばらく放置されるのであった。


天秤は、完全に暗殺指令を忘れてしまっていたからだ。




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