4-32【外伝•アスラン暗殺指令①】

ソドムタウン、冒険者ギルドが窓から見える宿屋。


その宿屋の一室で、冒険者ギルドの覇権を握ろうと企んでいる男、アマデウスが一人でワインを飲んでいた。


目の前のテーブルの上にはチーズの切れ端と乾燥したピーナッツが置かれている。


鷹のような瞳は、ただ窓の外を眺めていた。


窓の外からはソドムタウンの雑音が響いて来る。


時は昼である。


まだ、夜でもないのに娼婦たちが街角には複数立っていた。


彼女たちも稼ぎを上げるのに必死なのだろう。


アマデウスは、そんな娘たちを二階の窓から眺めてはワインを楽しんでいた。


人間観察だ。


しかし、別に娘たちに興味があって眺めているのではない。


ただの暇潰しだ。


魔法の研究に疲れた頭をクールダウンさせるための休憩である。


そんなアマデウスの視界に一人の冒険者が目に入った。


ソロ冒険者のアスランだ。


宿屋の前をだらしなくテクテクと歩いていやがる。


その姿を見ただけでアマデウスはイラっとした。


おそらくアスランはこれから冒険者ギルドに出向くところだったのだろう。


そんな彼の歩く姿がアマデウスの目に入ったのだ。


アマデウスは、その姿を凝視する。


そして、アスランが冒険者ギルド本部に入っていくのを見送ってから、一言だけ呟いた。


「アスランか……」


アマデウスはグラスの中のワインを一口で飲み干すと、渋い声色で呟く。


「あいつ、生理的にムカつくな」


本音である。


アマデウスがアスランに抱いている感情は、率直に言うと【ムカつく】である。


アスランの何がムカつくかと述べれば、説明は難しい。


ただ、とにかく、なんとなくだが、やっぱりムカつくなのだ。


だから言葉にすると「生理的に受け付けない」が正しいのだろう。


そして、アマデウスはしばらく町並みを眺めながら考え込んだ。


それはアスランについてだ。


そして、一つの結論に達する。


最初はムカつくからって冒険者として仕事が出来なくなるように企んだが、その程度では足りないようだ。


冒険者ギルドから追い出す。


その程度では気が収まらない。


このソドムタウンから追い出したい。


自分の目に入らないところに追いやりたい。


そう考えていた。


だが、あの小僧はギルガメッシュとグルになってソロの冒険者として活躍し始めた。


それが更にムカつく。


だから──。


「この際だ。殺すか──」


そう本音を呟いたアマデウスは椅子から立ち上がった。


部屋の扉のほうに向かって声を上げる。


「天秤は居るか?」


するとカチャリと扉が僅かに開いた。


「ハアッ、ここに控えております」


扉の隙間から聞こえてきたのは若い女性の声だった。


だが、その女性は部屋の中には入ってこない。


扉の向こう側に隠れたままだ。


「天秤。貴様もアスランを知っているよな」


「はい、存じております」


「悪いが内密に殺す段取りを組んでもらえないか」


「何故ですか? あの坊主もいちょうは冒険者ギルドのメンバーです。冒険者ギルドメンバー内での殺しは御法度……。もしもアマデウス様が殺しを指示したことが誰かに知れただけで、アマデウス様のお立場が危うくなります」


そうなれば次期ギルドマスターどころの話ではないはず。


アマデウスはグラスにワインを注ぎながら答えた。


「だから貴様に指示を出しているのだろ。お前ならば上手く殺れるだろ」


「ですが、私も冒険者ギルドのメンバー。私が手を下せば騒ぎが広がります」


「ならば、人を使えば良いだろう。どこかに丁度良い者は居ないのか?」


「余所者を使えと……」


「そうだ」


「ならば、丁度良い人物がおります」


「誰だ?」


「殺し屋、毒蠍ことラングレイです」


「その名前は知っているぞ。確かゴモラタウンで盗賊ギルドに属している毒使いの殺し屋のはず」


「はい、その通りでございます。今現在丁度良くソドムタウンに来ております」


「ほほう」


「昨晩聞いた話では、たまにソドムタウンに遊びに来ているようで」


「顔見知りか?」


「小さなころに良く遊びました」


「幼馴染!?」


「あいつ、小さなころは虫も殺せない純朴な男の子だったのに、今じゃあ毒蠍のラングレイとか呼ばれちゃってさ、もう本当に可愛いんだから」


「もう一端の殺し屋なんだから、あまり昔のことをばらすのは良くないと思うぞ……」


「まあ、ともかく。あいつならばアスランなんて簡単に毒殺してくれましょうとも」


「なるほど、ならばそいつにアスランの始末は任せるぞ」


「はっ!」


「ところで天秤」


「なんでありましょうか?」


「今日は何故に部屋に入ってこない。いつもなら入るなって言っても忍び込んで私の寝顔を覗き込んでくるのに……」


「えっ! アマデウス様ったら、気付いていらしたのですか! 私が毎朝毎朝アマデウス様の寝顔を覗き込んだあとに脱ぎ捨てられたブーツの臭いをクンカクンカしているのを!!」


「え……。そこまでしていたのか……。この盗賊怖い……」


「すみません。秘密にしていたのですが、もっと凄いこともしています……」


「えっ! 貴様、何をしてるんだ!?」


「それは言えません。秘密です……」


「なぜ!?」


「それは、怒るから……」


「そりゃあ怒るよね。絶対に怒るよね!?」


「とにかく今は素っぴんですからお顔は見せれません!」


「てか、素っぴんだからとかって言う問題じゃあないよね! 殺すぞ!!」


「とにかく、指示はお受け賜りました。早速私はラングレイと接触します!」


「いや、もうそんなのどうでもいいぞ! お前のほうが問題ありだろ!」


しかし、扉の向こう側からは返答が返ってこなかった。


天秤は行ってしまったのだろう。


「ちっ、行ったか……」


「まだ居ますよ~」


「早く行けよ!!」


「はっ!」







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