1-15【夕食は俺?】

明るく可愛く微笑みながら、ポニーテールの彼女が地下室への階段を下りて来た。


それはまるで天使が天界の輝く階段から下りて来たかのように美しかった。


しかし、その真実は──。


安物の白いワンピースの裾を靡かせ──。


その上に着けている灰色のエプロンには、テーブルと同じ赤茶色の染みを派手に付けている。


そして、細くてしなやかな片手には、殺伐とした鉈のような大きな中華包丁っぽい刃物を持っていた。


四角い刀身が鋭利に輝いていることから良く手入れが行き届いた包丁のようだった。


切れ味も抜群なのだろう。


そして………。


こえーーーよ!!


めっちゃ、こえーーーーーよ!!


何よりも、動けない、逃げれない、叫びも出来ない。


だって猿轡をされながら全裸で俺は椅子に縛られているんだもの!


この状況が、めちゃくちゃ、こえーーーーーーーよ!!!


マジでサイコホラーが絶好調で進行中だわ!!


怯える俺がチビりそうなのを必死に堪えていると、彼女が優しい口調で言ったのである。


「さて、私も晩御飯の準備をしましょうかしら♡」


あーもー、怖いこと言った!


今さ、この娘、笑顔でサラリと怖いこと言ったよ!


しかも、語尾にハートマークを付けていやがるぞ!


この子も糞女神と同じDQNだよ、絶対!!


とりあえず騒ごう!


無駄なのは分かってるけど騒ごう!


てか、騒ぎたいわ!!


騒がずにはいられないぞ!!


我慢できんわ!!


「んー! んんー!! んんんーー!!」


だが、俺の叫びは口を封じる猿轡に阻まれる。


動きも全身を縛る拘束の縄に阻まれた。


大きな物音一つも上げられない。


するとポニーテールの彼女が肉切り包丁を肩に背負うように持つと俺のほうに歩み寄って来た。


「うるさいわよ、あなた♡」


こっち来たーー!!


笑顔で近寄ってくーるーー!!


「あなた、あんまり五月蝿いと、痛くするわよ。死んでも痛いぐらいに、残酷に痛め付けるわよ──」


とか、脅しながら包丁で俺の頬をペシペシと叩いています!


しかも、笑顔でさーー!


こえーー!!


チビリそうですわ!!


てか、もう少しばかりだけどチビってますよ!!


ジュワっと来てますよ!!


それよりこいつヤンデレを越えてますよ!


完全にサイコパスだよ、こいつ!


だとするとサイコデレですか!?


もうちょっと訳してサイデレですか!?


新ジャンルのヒロインかよ!!


そんなの流石の俺でもストライクゾーンから外れているわい!!


完全にデッドボールだよ。


しかもピッチャーが投げた暴投が頭にヒットしてるがな!!


そして彼女が綺麗な顔を俺の鼻先まで近付けながら脅すように言った。


「静かにしてないと、耳と鼻を削ぎますわよ♡」


はい、黙ります……。


とりあえず黙ります……。


信用できないけど、信用して黙ります。


だから痛くしないでね!


そんな具体的に拷問内容を説明しないでよ!


「さてさて、食事の準備をしましょうかしら♡」


彼女は踵を返して棚のほうに向かって行く。


そして、木箱の一つから何か黒い物を取り出した。


大きさは頭ぐらいかな。


さらさらの毛が生えている。


それと何か角のような物が二本生えていた。


「ふぅふぅふぅふ~ん♡」


鼻歌混じりで振り返る彼女は、両手で黒山羊の頭を抱えていた。


よかった~……。


人の頭じゃあなくて……。


良かったわ~。


この物語は、残酷描写、暴力描写、性描写の項目にチェックが入ってないもんね。


R15禁でもないんだぞ。


もしかしたら今後の展開しだいでは、運営判定でR15指定されるかも知れないけれどさ。


だからそんな残酷で暴力性なえげつないことはおきませんよね!


じゃあさ、何するの、この娘!?


その黒山羊の頭を何するの?


それがもしかしたら食事の材料なのか?


食べるのか?


黒山羊の頭を煮込んでスープの出汁でも取るのか?


だが、彼女は俺の予想とは異なる行動を取る。


「よいしょっと──」


被ったーー!!


黒山羊の頭を被ったーーー!!!


スッポリガップリと被っちゃったよ!!!


頭に頭をかぶっちゃったよーーーー!!


もうビジュアルはミノタウロスのような黒山羊娘になっちまったよ!!


萌えね~わ~、これは絶対に萌えられね~わ~……。


「さてさて、儀式を始めますか♡」


うーそーー!!


怖い台詞の後にハートマーク付けるのを、とにかくやめてーー!!


それに今さ、儀式とか言ったよね!


なんの儀式ですか!?


俺と貴方の結婚式ですか!?


でも、今となっては、それすらお断りだぞ!!


「じっとしててね。動かなければ、痛くないから♡」


痛くないって何さ!!


そんなの嘘だ!!


絶対に痛くするよ、こいつ!!


こっち歩いて来るーー!!


黒山羊仮面ガールがこっち来るーー!!


包丁を翳してこっち来るよーーー!!!


その時であった。


どんどんどん、っと誰かが上の階の扉をけたたましく叩きだした。


するとブラックシープマスクガールは俺の首筋に包丁を当てて凄んで言った。


「騒いだら、殺さない代わりに手足を四本とも切断するわよ!」


達磨状態ですか!?


今度は生き地獄の警告ですか!?


怖い脅しかたばかりするなよ、かわいこちゃんが!


彼女は黒山羊の仮面を外すと上に向かって大きな声で言う。


「どうかしましたか?」


すると村人男性が状況を説明するように叫んでいた。


「早く逃げるんだ! コボルトの大群が襲って来たんだ! ぐぁぁあああ!!」


悲鳴の後に、家の中に何人かが雪崩れ込んでくる慌ただしい足音が続いた。


想像するからに、報告してくれた人を殺して、コボルトたちが家の中に雪崩れ込んで来たのかも知れない。


その後も天井付近からドタドタと複数の足音が続いた。


「ちっ……」


殺伐とした視線を細めながら彼女が舌打ちを溢す。


その表情は、可愛くも何ともない悪党その物だった。


彼女は気配を殺しながら俺の耳元で囁いた。


「騒いだら殺すわよ。もしも気付かれたらあんたもコボルトたちに殺されるんだからね」


俺は黙ったまま数回連続で頷いた。


コクコクコクコクっと何度も何度も頷いた。


しばらくすると、足音は家を出て行くが、外の悲鳴などが微かに地下室まで届いていた。


「ちっ、この村も潮時かしらね──」


犯罪者丸出しの台詞を語る彼女と目が合う。


「私は逃げるけど、最低限の荷物を纏めたいの。その間、騒がずに静かにしていてくれるなら、殺さないで上げるわ。儀式の生け贄に捧げないなら、無駄に殺す必要もないしね。私は食べ物を粗末にしない主義なの」


やっぱり俺は食べ物だったのね!


でも、その心がけは素晴らしいです。


しかし、生け贄に捧げた後に食べるのは良くないと思います……。


とにかく、俺は必死に頷いた。


ポニーテールの彼女は微笑みながら優しく言った。


「交渉成立だね、うふ♡」


可愛く言っても、もう怖いだけだわ!!


もう引きまくりですよ!


百年の恋心だってシベリアの極寒のように冷めちまうわ!


「さてと」


彼女は肉切り包丁をテーブルに刺すように置くと、上の階に上がって行った。


え?


このまま放置ですか?


うっそ~~~~ん!


マジでぇ~~~~!


と、思ってたらバックパックを背負った彼女が下りて来た。


ちょっぴり安堵する。


彼女はテーブルの前まで来ると、目を閉じながら片手を伸ばした。


何やらブツブツと呪文を唱えている。


「インプ召喚!」


するとテーブルの上に、モワッと煙が上がった。


その煙の中から小さな悪魔が現れる。


小悪魔の身長は50センチほどだ。


肌の色は黒緑で、鋭い眼光に尖った耳と鼻。


体は細くて腹だけがポコッと出ている。


背中は猫背で小さな蝙蝠の翼が生えていた。


まさにインプだ。


小悪魔はお世辞にも可愛くない。


見るからにおぞましい。


俺はこれで、この異世界に召喚魔法もあることを知った。


てか、こいつ魔法使いなのかよ!?


いいや、魔女だわ!


魔女っ子だわ!


しかも、かなりたちの悪い魔女だわ!


その魔女が魔法で呼び出したインプに指示を出す。


「いい、小悪魔ちゃん、百数えたら、その人の拘束を解いて上げてね♡」


インプは敬礼しながら返答した。


「ラジャー、ブラジャー、OK、ご主人様。だから報酬にパンティーをくれ!」


途端───。


「マジックプレス!」


グチャっとインプが潰れた。


まるで見えない巨大ハンマーで殴り潰されたようにペシャンコになって、テーブルの上に鮮血を花のように咲かせていた。


キモい!!


だから残酷描写とか暴力描写はなしでしょう!


アニメ化とかコミカライズされる時にはモザイクを掛けておいてくださいね!


お願いしますよ!


そして、ポニーテールの魔女が再び召還魔法を唱える。


「インプ召喚!」


やり直すのかよ!


そして二匹目のインプが煙の中からモワッと出て来る。


召喚されたばかりのインプは自分の周りの血黙りを確認すると弱気な態度を見せた。


「うわー……、先輩殺されたんだ……」


流石のインプも少し引いている。


その引き気味のインプに魔女が言う。


「いいかしら、小悪魔ちゃん。三回目はないからね。百数えたら、その人の拘束を解いて上げてね♡」


インプは何度も頷いていた。


てか、一度目からなかったじゃんか……。


「あなたもいいかしら」


唐突に話が俺に振られる。


「私のことは、誰にも言わずに黙っていなさい。無駄に喋っても、何の特もないからね♡」


俺もインプを真似て何度も頷いた。


生き残れるならおしゃべりなんてしないぞ。


俺が頷くのを見ると、魔女の彼女はウィンクを飛ばしてから階段を駆け上って行った。


それっきり戻って来ない。


俺とインプの二人が、血生臭い地下室に残された。



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