1-14【一目惚れ】

俺は貧乏そうな村で、唐突にポニーテールの美少女と出会った。


運命の出会いである。


彼女は黒髪のポニーテールを揺らしながら暖かく微笑み、白いワンピースの裾を可愛らしく揺らしていたのだ。


突如、俺の脳天に雷が落ちる。


ビビッと来たのだ。


切れ長の目尻、細いスマートな鼻先、プルルンっとした唇、腰まである黒くて長い後ろ髪、程良い胸の膨らみ、締まったウエスト、プリティーなヒップ、しなやかで細い美脚。


それらすべてが俺好みのヒロイン像に合致していた。


まさに理想的な乙女の塊だったのだ。


絶対に嫁に取りたいヒロインである。


そんな彼女に俺は一目惚れしてしまったのだ。


しかし俺は、一目惚れからの煩悩全開で遠慮なくエロイ将来を想像してしまう。


そのエロエロ妄想の内容は、横に置いといて……。


そして、うっかりエロイ想像を全力でしてしまった俺は、忌々しい呪いが発動して、心臓の痛みから気絶してしまう。


それから、しばし時が進む────。


俺が眼を覚ますと、椅子に縛られていた。


全裸でだ……。


おいおいおいおい!


唐突だな、おい!!


何より急展開にもほどがあるだろ!


てか、また全裸かよ!?


何故に全裸なんですか、俺!?


全裸、多くね!?


すげービックリだよ!!


そして、何で椅子に縛られてるの、俺さ!?


しかも猿轡で口が塞がれているじゃんか!?


体が全然動かせないぞ!?


椅子の背凭れに上半身を縛られ、両腕も後ろに回されて縛られていた。


両足首も椅子の足に確り縛られている。


完璧に動けない完全拘束状態だ。


なに、この拘束プレイ?


わ、分からん!?


何が何だか分からねーーよ!!


とりあえず、冷静になろう……。


先ずは状況の把握からだ。


今、俺は何故か全裸で椅子に縛られている。


身に付けていた服も装備も全部ない、何もない、パンツも履いてない。


ルビーの原石を入れといた巾着袋もなくなっている。


口は頑丈な布で猿轡をされていた。


声も出せない。


とてもじゃあないが、猿轡は噛み切れるようなレベルじゃあない。


背凭れの後ろに両手を回されて、荒縄で両手首を縛られている。


背凭れに手首がロープで固定されているから、まったく腕は動かせない。


更に上半身を荒縄で縛られていて苦しいぐらいだ。


両足首も椅子の足に縛られていて固定されている。


立ち上がるのは不可能だ。


完全に身動きができない。


ジャッキーみたいに、椅子に縛られたまま戦うなんて真似はできないな、こりゃあ……。


そして、俺の前には木製の手作り感が溢れるテーブルが置かれていた。


テーブルの上にはくたびれたランプが一つ置かれていて、薄暗い部屋を照らし出している。


このランプが、この部屋で唯一の明かりだ。


部屋の広さは十畳ぐらいかな。


壁は煉瓦作りで窓はない。


天井は板張りだ。


隅にクモの巣が張っている。


上りの階段が一つあるから、ここが地下室っぽいのは分かった。


耳を澄ましてみると、上の階に誰か居るのだろうか、板張りの天井が軋む足音が微かに聴こえてくる。


壁際には棚が幾つかあり、粗末な木箱が収納されていた。


その棚に俺の着ていた衣類と片方だけのロングブーツが置かれている。


残念ながら二本のショートソードは見当たらない。


その他にもなんだかいろいろな物が置かれているから、ここは物置だと思う。


さて、ここまでは問題ない。


俺が全裸で、地下室の椅子に縛られて居ること以外は問題ない。


いやいや、普通なら、それだけで大問題だわ……。


でも、それよりも問題なのは、俺の前に置かれたテーブルの上にあった。


ランプが置かれている以外に大きな異変が見て取れる。


なんか、すっごく染みだらけだ。


テーブルの上が赤茶色に乾いた染みが全体的に広がっている。


なんだか血溜まりが乾いて赤茶色に変色したような感じである。


それに嗅いだことがないような生々しい臭いが室内に充満していた。


じめじめとした生臭い香りである。


とても気持ちが悪い臭いだ。


反吐が出そうなぐらいである。


たぶん腐敗臭だろう。


この部屋に居ると、悪臭で気分が悪くなる。


俺の野性的な本能から悪臭を完全拒否している感じだった。


さてさて、これからどうしたものか……。


上の階に誰か居るから、騒いで助けを求めるか?


否、愚策だろうな。


おそらく上の階に居る人物が、俺を縛り上げて監禁した犯人だろう。


犯人が助けてくれるわけがない。


しばらく考えていると、上の階から扉が開くような音がしたあとに、誰かが会話をしているような声が聞こえてきた。


俺は耳を澄まして会話を聞き取ろうと集中する。


どうやら上の階には二人居るようだった。


男性と女性の声だ。


「──旅人が来なかったかい。家の坊主が言ってたんだがな?」


「あ~、あのかたですか」


「なんでも急に気絶して倒れたとか?」


「その旅人さんなら、少し休んだら、直ぐに旅立ちましたよ。なんでも急ぐ旅だとか」


最初の声は男性だった。


次に聞こえた声は女性である。


女性の声は可愛い。


聞き覚えがある声だった。


確かキッズたちに宿屋の場所を訪ねていたら、後ろから声を掛けて来た彼女だろう。


可愛いポニーテールの女子だったな。


一目惚れのあまりに胸が痛みだして、それで気絶したのだ。


今もちょっと胸が痛み出す。


なんだか、これだけ聞くと、俺が凄く無垢でピュアなキャラクターっぽく聞こえるな……。


本当は糞女神の呪いのせいなのだが……。


更に上の階の会話が続いた。


「──ちゃんも、気を付けるんだよ。ここ数ヶ月、コボルトたちが人攫いをしているんだから。もう四人の村人が拐われているんだからね」


「はい、気を付けますわ。ちゃんと戸締りもしておきます」


「お年寄りや、子供のような弱い者ばかり狙われるから、独り暮らしの──ちゃんは、本当に気を付けなよ」


「はい」


なんてことだ。


やっぱりあのコボルトたちは悪党じゃあないか。


家畜を襲うどころか、酷いことに村人を拐っているなんて残忍な話しである。


村人なんて拐ってどうするんだ?


家畜なら拐って食べるんだろうが、村人も拐われたら食われるのかな?


人食いコボルトなのかな?


やっぱりコボルトも雑食モンスターなんだな~。


なんでも食べるんだね。


にしても……。


俺は眼の前のテーブルの赤茶色な染みを凝視した。


それから自分の拘束された状況を冷静に考えた。


そして先ほど彼女は嘘を付いていた。


一字一句、覚えている。


コピペしたかのように覚えている。


彼女は、こう言った。


『その旅人さんなら、少し休んだら、直ぐに旅立ちましたよ。なんでも急ぐ旅だとか』


これって俺のことだよな。


旅人って俺だよね。


やっぱり彼女は嘘を付いてるよね。


だって俺はここに縛られて居るんだもん。


上の階の話が続く。


「それにしても、酷い話だよ。食べ残した骨を村の隅に捨てるなんて、コボルトは鬼畜なモンスターだな」


コボルトが食べた人の残骸を村まで持ってきて捨ててるだって?


そんな面倒臭いことを、コボルトが何故するのさ?


そんなことがあるのか?


「本当に怖いですよね……」


「じゃあ、そろそろワシも晩飯の時間だから帰るぞ」


「私も晩御飯にしますは。では、気を付けて、お休みなさい」


「お休み───」


そして扉が閉まる音がした。


あれ、おいちゃん、帰ったの?


………………。


…………。


あー、ヤバイな~。


騒ぐタイミングを逃してないか、俺?


絶対、今の男性が扉を閉める前に、出来るだけ騒ぐべきだった……。


助けを求めるべきだった。


今からでも遅くないかな?


いいや、もう遅いだろう。


今からでは俺の助けの声が届くとは思えない。


せめてこの猿轡がなかったらな。


とにかく、ここは体力を温存しておこう。


それが賢明だろうさ。


まだ逃げるチャンスは来るはずだ。


しばらく上の階で彼女が歩き回る足音が続いていた。


その足音がこちらに近付いて来る。


そして階段のほうから、ギィーって床下の扉が開かれる音がした。


すると彼女が地下室の階段を下りて来る。


その彼女の表情は、優しく満面の笑みだった。


だが、その優しい笑みに俺の背筋が凍り付く。


本能から彼女の笑みを恐れている感じだった。


彼女は安物の白いワンピースに、茶色くくすんだ染みだらけのエプロンを首から下げている。


ポニーテール少女の笑みは可愛かった。


流石は俺の一目惚れの相手である。


俺の好みは最強だぜ!


しかし、今回はペナルティーが発動しなかった。


胸は苦しくならない。


代わりに俺の全身の毛穴が開いて、ドッと冷たい汗が吹き出した。


何故なら彼女の片手に、鉈のような大きな肉切り包丁が握られていたからだ。


それを見て、俺の思考回路が急速回転した。


あの大きな肉切り包丁、くすんだ染みだらけのエプロン、そしてテーブルの謎の染み。


更に村の隅に放置された村人の残骸。


彼女と村人の矛盾した会話。


それらを総合して連想するからに……。


これ、ヤバイわ~……。


超ピンチだわ~……。


これは背筋が凍り付きそうなぐらいの超ヤバイ感じなサイコパスのラブストーリーが始まりそうだぞ。



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