第2話 砂漠葬送
光の柱を目指してから、一体どれほどの時間が経過したろうか。前に進もうという想いに反して足は灰に取られ、時にはそのまま地面に転んでしまう。
おかげで体力は恐ろしい速さで消耗し、心休まる暇など一切なかった。
それもこれもアンデッドの襲撃を始め、前方をすたすた歩く
「おい、ちんたら歩いてるとまた襲撃されるだろうが。もっと足を上げて身体を起こせ」
「ぜー、はー、ぜー…な、何度でも言いますけど、もっと速度を落としてください!2人以上で行動する時は、周りにも目をもっと向けて…」
「へいへい。1番足の遅い奴に合わせればいいんだろ?……本当にこんなのが“選ばれし者”だったのかね」
ボソッと零した声に反応してか。直後に鋭い眼差しがジンに突き刺さるも、速度を落としたことで多少は殺気も相殺されたらしい。
しかしそれでも殺伐とした空気は拭えず、2人の会話が途絶えたのもとうに昔のことだった。
ではいっそ1人で行った方が早いのでは。などとは思っても、ロットもお荷物というわけではない。
アンデッドの襲撃に際して敵戦力の分散に役立つも、当人が疲弊しているせいだろう。度々ピンチに陥っては、助太刀に入ることも少なくはなかった。
それを当人が負い目に感じているからか。だからこそ余計に焦りを覚えていても、1番の問題はやはり同じ景色が続いていた事だろう。
一向に辿り着かないのはもちろん。砂漠同然の荒野に、光の柱が蜃気楼の可能性すらあったが、幸い一帯に暑さは感じられない。
むしろ薄っすらとした寒気すらミイラの身体に伝わり、食料も無いこの世界では死人のみが生き延びられる。
そして何よりも、強くなければならなかった。
「…来るぞ。準備の方はいいか?」
「ふー、ふー…んっ…いつでも、どうぞ…」
声を掛ければいまだ疲労困憊していたが、ロットの回復を待ってくれるはずもない。地中から“先輩方”が次々と姿を現せば、先陣を切ってジンが頭部を1つ斬り飛ばす。
一方でロットは杖を横に振り、扇状に広がった炎の波がアンデッドを燃やすが、餌食になったのは数体だけ。
残りは屈むなり跳び上がるなりして躱し、すぐさまジンたちに襲い掛かってきた。
それからは2対複数の乱戦が繰り広げられるも、特段これまでの戦闘と変わったところは無い。ひたすら全力で対象を殲滅していくが、少しばかり違った点はあった。
まずロットの炎が、敵味方問わず放たれるようになったこと。
余裕が無い表れなのか。それともこれまでの経緯から、殺意を滲ませていたのか。
いずれにしてもジンが咄嗟に躱さなければ、被弾した回数は二桁を超していたろう。
挙句には最初こそロットに注意を払っていたが、迫りくる炎のせいか。はたまた少年に辟易していたからか。
徐々にジンも自分のことにだけ集中するようになり、戦闘の足並みも揃わなくなってきた。
互いに預けていた背中は斬られ、叩かれ、やがて全てが終わった頃には満身創痍。
おかげで砂風呂の如く灰に身体を埋め、予期せぬ休息を余儀なくされていた。
「……後半、ボクの方に敵が雪崩れ込んできてませんでしたか?」
「ようは弱い奴から仕留めようって魂胆だろ。足の遅い奴ほど、手軽なカモはいねえからな」
「そうですね。確かにちょこまか動くハエよりも、大物を狙いたくなる気持ちは分からなくもないですよ」
「粋がったところで、誰も頭を撫でちゃくれねえぜ」
「あなたに触れられるくらいなら、家畜小屋で豚と一緒に寝た方がマシです」
「それが担いで連れてく、って話を断ったテメェの言い分か?」
互いに視線も合わせず、眺めていた暗雲が言葉を吸い上げるように、ことごとく会話を断ち切っていく。
まるで太陽が無いせいだと言わんばかりの空気だったが、当然彼らは原因を自覚していた。
息の合わない戦闘に、足並みの揃わない移動。
戦い方も雑になり、互いのフォローすらしなくなった今、同盟はもはや成立してはいなかった。
「…すっとろい動きを見てて思うんだが、よくココまで
「愚者は行動し、賢者は思考するからです。体力でばかり物事を考えるような人では、長い道のりを進むことは決して…」
言い終える前か否か。得意げに語るロットを尻目に灰が噴き上がれば、宙に跳んだジンがそのまま刃を振り下ろしてきた。
不意打ちに面食らったのは当然だが、凶刃が触れる直前で“炎の壁”が発動すると、火花を零しながら一撃は弾かれる。
その様子にジンは背後へ後ずさったものの、ロットの呼吸は乱れてやまない。何が起きたか気付くまで数秒かかり、やがて結論に達したのだろう。
回復しきった身体を起こせば、杖を握り締めながらジンを睨みつけた。
「とうとう先輩方の仲間入りを果たされたわけですか。とても残念です」
「…少し試しただけだ。気にすんな」
「試すって何をですか?まさか今仕留めたら、ボクたちがどこで復活を果たすか気になったわけではないでしょうね」
「テメェが本当に“選ばれし者”なのかどうかをだよ。今の所火を振り回してるだけだろ?そのせいで周りの死人共の方が、よっぽど英雄っぽく見えるんだわ」
溜息混じりに武器が降ろされると、どうやら本当に敵意はなかったらしい。少なくとも無防備な小僧ではなかった事を知れて、むしろホッとしていたのも束の間。
杖を握り締める音が、否応なく静寂に木霊した。
「…ッッボクから言わせれば、あなたのようなチンピラこそ英雄には全く見えませんよ」
「そいつは同感だ。俺もずっと前からその事には辟易させられてるしな」
「ふんっ、そうやって大人はのらりくらり躱そうとして…そんな事したって、全然カッコよくないんですからね。むしろ問題を回避してるとしか思えませんよ」
「それはこっちのセリフだ。これだからガキは世間知らずで困るんだよ。その若さでコッチに来たのも、どうせすぐにギブアップしたってところ…」
悠長に
爆風や熱気は優にジンまで届いていたが、それよりも腕を掠った一撃が、表面をちりちりと燻らせていた方が問題だったのだろう。
瞳の無い眼窩がギロっと睨み返せば、杖を構えたロットと初めて視線が合った。
「…おい」
「訂正してください」
次は無いとばかりに発言するや、ロットの杖がジンへと向けられる。
「訂正、って何をだ?」
「先程言ったこと…特に最後に言ったことを撤回してください」
「…ほぉん。つまりアレか?女みてえな見た目したガキが、本当に英雄なのか信じられねえって話を、無かった事にしてもらいてえのか。あ゛んッ?」
そしてそれが引き金となったのだろう。直後にロットが杖を掲げれば、大きな火球が宙に浮かんだ。
そこから小さな火の玉が降り注ぎ、続けて地面を叩いた石突きから、火の輪が徐々に広がっていく。
地面と空中両方からの波状攻撃に回避は不可能。一見して誰もがそう考えるも、迫りくる炎にジンが焦る様子はない。
当たる寸前で鋭利な回転を披露すれば、あっさり弾幕をすり抜けてしまった。
「おいおい。手品じゃあ、オレは捉えられねえぜ」
「……ハエが鳴いたところで、ボクの火からは逃げられませんよ」
互いに挑発し合うや、再び石突きで地面を叩いた時だった。去ったはずの炎が再びジンに押し寄せるも、同じく跳んで躱せば避ける事は造作もない。
まるで巻き戻したかのような光景が広がったが、それこそロットの読み通り。2度も“軽業”を披露されれば、対策は十分可能だった。
「逃げ足の速い相手には、いつだって“挟み撃ち”が1番有効なんですよね」
すかさず杖先がジンに向けられ、虚空に浮いていた特大の火球が降下し始める。今度こそ逃げ場を奪ったはずだったが、彼の余裕が崩れる事はない。
跳びながらも干からびた腕で地面を殴るや、そこから灰が勢いよく空まで噴き上げた。
向かっていた炎は全て誘爆され、思わぬ抵抗に驚いていたのも束の間。灰が止んだ頃にはジンの姿も消え、咄嗟に“火蜥蜴の尾”を発動させた。
「…同じ手が2度も通じるとは思わないでください」
身体の側面を見えない炎の壁で守り、残る攻め手は頭上と足元のみ。
もしも上から来るならば、逃げ場のないジンに火球を叩き込めば良い。あるいは“前回”のように地中から刺されても、覚えた痛みに耐える自信はある。
全方位からの奇襲に備え、ただ1人荒野の中で佇んでいたものの、急速に寒気を感じたのは気のせいではなかったろう。
不気味さすら漂う孤独に、まるで自分が淡い蝋燭の火になったような。
そんな錯覚が芽生え始めた直後、突如ジンが地中から飛び出してきた。それも正面からの出現に、度肝を抜かれたのが半分。
もう半分は嘗められている気がして、怒りと共に魔力を杖に収束していく。
しかし大技をすぐに放つ事はせず、まずは炎の壁が一撃を弾くのを待った。その時には驚いたミイラ顔を拝みながら、無防備な彼に術を思いきり叩き込む。
そう思っていた刹那。バザっ!と灰の塊を投げつけられ、それを“一撃”と壁が判断したのだろう。
おかげで汚れる事はなかったが、術が解けたところで無防備になった脇腹に、鋭い蹴りが深く突き刺さった。
「がぅ――…ッ!!」
速さは重さ。ジンの細長い脚が繰り出した一撃で、身体から嫌な音が聞こえる。
その痛みに吠える間もなく、人形のように吹き飛んだロットは二転三転。荒野の上を転がっていき、やがて砂丘に容赦なく叩きつけられた。
遅れて血を吐き零せば、改めて自分が半死人である事を思い知らされ、くすりと笑った直後に激痛が身体中で悲鳴を上げる。
もはや1歩も動く事ができず、大人しくジンの接近を許すほかなかった。
「…さっき言ってた話。ココで死んだら、この場で復活できると思うか?」
「げほっ、ごぼっ……さぁ、試してみない事には分かりませんね…
精一杯の笑みを浮かべるも、満身創痍なのは一目瞭然。だからこそ彼も油断したのか、ロットの掌が砂丘に触れている事に気付かない。
地面がみるみる赤く光れば、ようやくジンも異変を察したが、その時には彼の足元まで範囲は広がっていた。
彼が如何に俊足と言えど、もはや手遅れ。ロットが術を発動するや、一帯を巨大な火柱が包み込んだ。
轟々と立ち昇る炎は、
一瞬陰った暗闇と静寂が一気に吹き込み、“何も無い”荒野へと周囲が変貌すると、そんな空間に1人の少年が落ちてくる。
そしてボフンっ――と。灰で吸収された衝撃がロットを包めば、今度こそ指先1つ動かせなくなった。
「くっ…火に耐性があると言っても、流石に無茶をしすぎたかな……ジンさ…あいつは消し飛んで…ッ」
身体を起こそうとした瞬間、突如顎に走った衝撃で後ろに仰け反った。一瞬意識が飛びそうになったが、味わったのは確かに蹴られた感触。
そして視界に長身細躯のジンを捉え、そのまま仰向けに寝転がった。
「……ぐっ、ボクの負け…ですね」
諦めたように嘆息を吐けば、あとは好きにしろと。
“慣れた様子”で四肢を広げていた直後。「どわぁッ!?」と牛が潰れるような声がジンから聞こえるや、灰が盛大に宙へと舞った。
唐突な出来事に思わず身体を起こせば、彼の上に焼け焦げた死体がいくつも乗っかっている。
どうやらロットの炎が地中にいた先輩たちまで吹き飛ばしたらしく、空から英雄たちがパラパラと降ってくる様子に、唖然としていたのも束の間。
「――なんだ、ちゃんと付いてんじゃねえか」
おもむろにジンの声を追うや、彼の頭は足を開いたロットの、股間近くに突っ込まれていた。
あまりにもシュールな光景に思考が僅かに途絶え、そしてようやく我に返ったのだろう。すぐさま足を閉じたロットは、恥ずかしそうに身体をよじった。
「なっ、どこを見てるんですか!いくら男同士でも、やっていい事と悪い事の区別くらい…ッッ」
「そっちじゃねえよ…」
悶えるロットを尻目に、ジンが冷たく言い放つ。気怠そうに彼の首が指したのは、太ももの内側にあった蝶を模る――あるいは4枚の花弁に見える痣。
それこそが英雄の刻印であり、ふとジンを見れば肩に同じ紋様が浮かんでいた。
そして周囲に転がる焼死体にも、見回せば同様のモノがチラホラと窺える。
女々しい少年改め、英雄ロット。チンピラ野盗改め、英雄ジン。
互いに認識を瞬時に改めたところで、ゆっくりジンが立ち上がった。その身体は炭化していたが、まだ動かす事は出来るらしい。
しばし周囲を見回すや、少し去って戻ってきた彼から杖がグッと差し出される。爆発の衝撃で吹き飛んでいたらしく、恐る恐る掴み返せばそのまま引き起こされた。
そして彼は何も言わず、再び光に向かって進もうとしていた。
「あのッ…さ、先程はすみませんでした。当てるつもりはなかったのですが、思いのほか火球が大きくなってしまって……その」
しどろもどろに声を出し、チラッと“最初の一撃”で掠めた片腕を見るが、もはや炭化したジンに謝るほどの価値は無かったろう。
しかし何を思ったのか。ふいにジンが踵を返すや、ロットの頭を掴んで乱暴に掻き回した。
それが撫でられているのだと気付いた頃には、彼もとっくに去ったあと。それでいてゆっくり進むジンを呆然と見つめるや、涙を拭ってすぐに後ろを追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます