第4話

 リョウくんの実家にお盆のあいさつに行ったとき、一度だけ、リョウくんの弟を見たことがある。大学生で、金髪で、耳にピアスを二十個くらいつけていた。


「弟は、中二まで真面目だったんだけど、中三でグレた」とリョウくんから聞いていた。

 お盆に実家に帰ってきて、お仏壇にお線香を上げる弟くん。意外と律儀なところがあるなと思っていたら、「じゃ」と短い挨拶だけ残して、あっという間に帰ってしまった。帰り際にお義母さんが封筒をわたしていて、弟くんはペコリと頭を下げて、封筒をポケットに入れた。


「優也は、新しい彼女ができてから、ちっとも家に帰ってこないのよ」

 弟くんのことを、お義母さんはそんなふうに説明した。もう何年も、ほとんど家に帰ってきていないはずだけど、その都度、違う理由があるのだろう。


「亮平は、いいお嫁さんもらってよかったわねぇ。優也の彼女なんて、みんなガラクタだから」

 お母さんはそこで、ふふっと冗談っぽく笑う。私はかろうじて、口角を上げ、リョウくんはただ黙っていた。


 帰り際に、お義母さんがリョウくんにも封筒をわたしていた。リョウくんが「ありがとう」と素直に受け取っていて、ざらりとした違和感を覚える。お義母さんとは、ほぼ毎月会っていて、その度にお金をもらっていることを、私は知っていた。


 そうやって受け取ったお金は、寝室の一番下の引き出しに、封筒に入ったまま、一度も手をつけられることなく仕舞われている。

「ガラクタだなんて、ひどいよね」

 帰りの車の中で、とうとう我慢できなくて言った。リョウくんの家族に対する、あらゆる違和感が、ぶすぶすと身体中で発酵している。

「母さんの言うことは、気にしないほうがいいよ」リョウくんは、いつもの調子だった。


 そうなんだけど。

 私のことだって、陰でなんて言われてるのかわからないよ。

 お義母さんって、いつも家で何してるの? お義父さんのおかげでお金持ちになれて、すごく幸せだって、いつも自慢してるけど、お義父さんと結婚式以来、会ったことないんだけど。

 お義母さんから、会うたび「子どもはまだ?」って意味深な笑顔で聞かれるのも、地味にストレスなんだよね。


 何を言っても、「母さんの言うことは、気にしないで」の箱に入れられるのはわかっていたから、お義母さんのグチは、中嶋さんに言おうと決めた。


「ねえ、子ども作っちゃう?」

 その夜、ソファの上でリョウくんの肩に頭を乗せながら言ってみた。不自然な沈黙が流れる。

「真衣は、本当に子どもがほしいの?」リョウくんが聞いた。

 あのとき、私はどんな顔をしたんだろう。リョウくんが、しまった、っていう顔をしたから、無理やり笑顔を作ったんだった。 


 リョウくんは、その後、私を優しく抱いた。「真衣が子どもがほしいんだったら、作ってもかまわないよ」って感じのセックスで、そのとき初めて、最後までできなかった。


 薄暗い寝室の中にある、お義母さんからのお金がたくさん入った引き出し。

 その中に、私が一生懸命作った夕飯や、慰めるためにしてくれるセックスなんかも、入っているんじゃないかって思った。リョウくんが、自分でも気づかないうちに飲み込んでいる、いろんな気持ちも一緒に。


「真衣は、本当に子どもがほしいの?」って聞かれてわからなかった。リョウくんがいらないんだったら、いらない。自分のほしいものが、よくわからない。なぜこんなに不安な気持ちになるのかも。


 私のことが、ちっとも好きじゃないお義母さん。夫も息子も家に寄りつかないお義母さん。


 私は、いつかお義母さんみたいになるんじゃないか。そう思うと死ぬほど怖かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る