第37話
「これからお肉を買いに行くけど、クルも一緒に来る?」
「うん、行く行く!」
普段ならクルがこちらへ来る前の日には、料理の準備は済ませておくけれど、
今日は『猫の民』の騒ぎの後、急に決めたお泊りだから、買い物もこれからだ。
いや、冷凍庫に入っているものを使えば、そこまでしなくても良いのだけど、
せっかくクルが来てくれるのなら、新鮮なお肉を用意したいよね。
「それじゃあ、少し歩くけど、クルの速さで走れる人はこの辺にはいないから、
悪いけど私に合わせてね。」
「うん、分かったよ!」
クルも何度もこちら側の世界に来て、向こうとの違いも分かってきているから、
こういう時は一から説明しなくても済むようになった。
私もこのところの騒ぎで、『猫の民』を実際に見て、会話することも出来たし、
こうして少しずつでも知ってゆくことは、大事なんだろう。
「あっ、向こうからいろんな匂いがする・・・!
もしかして、あの中にお肉もあるの?」
「うん。そっちの方向なら、きっと合ってるよ。」
目的の肉屋さんをはじめとした、いくつかのお店が並ぶ方角に鼻を向け、
クルが尋ねてくる。
すぐにでも走り出したい気持ちを、抑えているのを察して、
私も少し早足になった。
「うわあ・・・! こんなに色々なお肉があるの!?
ねえねえ、どれが美味しいかな・・・」
しばらくして、到着したお肉屋さんの前で、
クルがひそひそ声ながら、強めの圧で話しかけてくる。
怪しまれないための注意を、よく守ってくれているけれど、
服の下では、尻尾がぶんぶんと振られていることだろう。
「そうだね・・・今日は大きめのあれを、焼いて食べない?」
「うん、そうしよう!」
夕暮れ時の割引を考慮しても、少しばかりお高いけれど、
クルも私も疲れの出た一日だったし、素敵な夕食にしたいな。
熱くなったフライパンに、二人分のお肉を入れて、じゅうじゅうと焼いてゆく。
いい匂いが漂ってきて、隣で見ているクルも興奮しているのが伝わる。
塩や胡椒はお好みということで、物足りなければ後からかけることにしよう。
「ん? それって、またたびじゃないよね。」
「あはは、もちろん違うよ。
入れ物はちょっと似てるけどね。」
まあ、植物から採れたものを粉にして小瓶に詰めるのは、
胡椒も同じといえば同じなのだろうか。
今日の出来事が無ければ、クルも私もまたたびを連想するなんて、
無かっただろうけど・・・
「そういえば、ハルカって・・・
私達以外の民をすごく気にしてるというか・・・もしかして、恐がってる?」
ちょっとだけ言いにくそうにしながら、クルが尋ねてくる。
まあ、クル本人は戦うことも厭わない民だから、多分聞きずらいよね。
もちろん、私のほうはそんなこと、気にしないのだけど。
「うん、気になるし、確かに恐い気持ちもあるかな。
『猫の民』は今日少し分かったけど、まだ知らないことばかりだから。」
「知らないから恐い・・・?
ああ、私は恐いとは違うけど、ちょっと分かるかな。」
クルにとっては、『警戒』といった言葉に置き換えられるのだろうかと、
思いながら聞いていたら、急に首を傾げるのが見えた。
「あれ? でも、ハルカ。
私達みたいな民はこっちにいないって、前に言ってたよね。
ハルカ達とは別の民が、やっぱりいるの?」
「うーん・・・肌の色とか顔の雰囲気とか、ちょっとした違いはあるけど、
『犬の民』や『猫の民』みたいな差はなくて、みんな同じ民ではあるけど・・・」
少し答えるのが難しい質問が来て、私も言葉を選びながら答えてゆく。
「私達は、生まれた場所や、今住んでいる場所で、
自分達の民と、他の民を区別することがあるの。
そういう単位の民同士で、争いになることもあって・・・」
・・・待って。話の展開によっては、夕食の味が変わってしまいそうだ。
クルがもし、もっと深く知りたいというのなら、
食事の後にゆっくりと時間をかけて、先を話すことにしよう。
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