第36話

「そ、それじゃあ、あたしは行くにゃあ・・・」

猫の民・・・ミアが恐々といった様子で、私達を振り返る。


「また同じことをしたら、絶対に許さないからね。」

「ひっ・・・!」

うん、さっきまでこんな調子で、

クルとご両親から、今後の注意を何度も聞かされていたのだから、

脅えるのも無理もない。


いや、ちょっと抜けたところもある子だから、

これくらい身に染みてくれたほうが、良いのかもしれないけれど。


せっかく一緒に旅をする約束をしたのに、

不注意から悲しい結末を迎えることになったりしたら、

私もやりきれないからね。



「まあまあ。落ち着いて、クル。

 ・・・じゃあ、ミア。私達から会いに行く時は、さっき話した辺りを探すね。

 もしその時にいなかったら、木の枝でも立てておくから、

 気にしておいてくれると嬉しいな。」

「わ、分かったにゃあ・・・」


「うん。それじゃあ、またね。」

簡単な約束事を決めて、草原の向こうへと去ってゆくミアを見送る。

その姿が見えなくなったところで・・・・・・あれ、クル?


「ん? まだ匂いが遠くまで離れてないから、

 変なことしてそうだったら、すぐ追いかけるよ。」

「あっ、はい・・・」

そうだね、『猫の民』を警戒する気持ちも、

そのために使う嗅覚や聴覚も、クルのほうがずっと上だったよ・・・




「ふう・・・やっと行ったかな。疲れちゃった。」

しばらくして、ミアの去った後をずっと睨んでいたクルが、

ため息をついて、珍しく力のない表情。


いや、一日あんなに怒っていたんだし、

その気疲れも、相当なものだとは思うけど。


「ハルカも、怖かったよね? ごめんね・・・」

「えっ・・・?」


「だってハルカ、私やお父さんが怒ってる時、震えてたでしょ?」

「うっ・・・」

いや、私もクル達の側に立っている手前、

そう見えないように頑張っていたんだけどね?


でも、すぐ傍にいたクルには、私の微妙な動きとか、

身体が震えてる時の振動とか、気付かれていてもおかしくはないか・・・


「そ、それはそうかもしれないけど、

 クルにとっては必要なことだったんだよね?

 だったら、気にしなくていいよ。」

「うん・・・ありがとう、ハルカ。」


それでも、クルの耳と尻尾はしゅんと垂れている。

狩り場を荒らされるのは、クル達にとっては死活問題だろうし、

『犬の民』として思う所もあるのなら、私に気を遣わなくてもいいんだけどな・・・



「そうだ、クル。疲れてるなら、

 今日も私のところに来て、美味しいお肉を食べない?

 この二日、あんまりゆっくりできてなかったし。」

「えっ・・・いいの?

 ハルカ、明日は『だいがく』ってところに行くんじゃ・・・」


「たまには休んでも大丈夫だよ。

 それに、今日持ってきたまたたびも、ほとんど使っちゃったから、

 何かあった時のために、クルのところにも置いたほうがいいんじゃない?」

「・・・! そ、そうだね。『猫の民』を眠らせるものを、

 ハルカのところから持ってくるって、お父さんに言いに行こう!」


まあ、明日はそこまで厳しい科目ではないし、

一回休んだくらいなら、きっと問題はない。

クルが早めに帰るなら、午後だけ出るのもいいだろう。


学生としては褒められたことではないけれど、

今はクルのほうが大事だから。


「よーし、お父さんもお母さんもいいって言ってくれたから、

 ハルカのお家まで、思いっきり走るよ・・・!」

「ちょっ・・・! 私も慣れてきたけど、

 全力で走るのはまだやめて・・・!」

うん、私の体力はごりごりと削られてゆくけれど、

クルが楽しそうにしているのなら、何よりだ。

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