第35話

「んにゃ、あたしは寝てたのかにゃ?」

身体をゆさゆさと揺らされて、『猫の民』の女の子が目を覚ます。


「・・・ひいっ!! 犬の民がたくさんいるにゃあ!」

状況に気付くと同時に、叫び声。

捕まえた時に、クルが紐で縛り上げたままなので、

逃げるのはもちろん無理である。


でも、『犬の民』がたくさんって、クルとご両親の三人だけなんだけど・・・

私はどう認識されてるんだろう。耳と尻尾は無いよ?

・・・そんなことを考えていられるのも、私の出番は今ではないからだけど。



「あんたは、その犬の民の狩り場を荒らしたのよ。

 ここにいて、何か悪いの?」

「あっ! お前はさっきの!

 だ、大体、犬の民の場所だなんて、あたしは知らないにゃあ!」

ここでクルのお父さんが、『犬の民』と『猫の民』が昔に争って、

『猫の民』が逃げていった歴史を語り聞かせる。


うん、語り聞かせるということに、何も間違いはないのだけど・・・すっごく恐い。

年季が入った、と言うと失礼かもしれないけど、

何か積み重ねた時間の分が、威圧感に乗っているように思える。


クルも『猫の民』への印象は良くないし、狩り場を荒らされた怒りがあるから、

すぐそばで恐い顔をしてるけど、

『犬の民』でも『猫の民』でもない私は、そこまでは入り込めなくて、

目の前で嵐が吹き荒れてる気分。


「うう・・・だから何だにゃあ! あたしは聞いたこと・・・なかった気がするし、

 独り立ちしてきたから、他の猫の民が決めたことなんて、

 知ったこっちゃないにゃあ!」

うん、気がするって何?

まさか親御さんから、この辺には行くなよって言われてて、

すっかり忘れてた・・・なんてことは無いよね?


クルと話してる時にも、脅えつつ逆上気味になることがあったけど、

何も考えてないだけな気もしてきたよ、この子。



「あんたが他の猫の民と関係なく、一人だけで来たのは分かったわ。

 それで、狩り場に匂いを付けて、獲物を脅えさせておいて、

 まだ自分の場所だと言うのなら、二度と動けないようにしてもいいんだけどね。」

「・・・! や、やるのかにゃ!

 それなら好きにすればいいにゃ! 噛み傷くらいは残してやるにゃあ!!」

クルの最後通告に、毛を逆立てる『猫の民』・・・

うん、こうなってもおかしくはないよね。


話の流れからして、この子を探すような民は誰もいないし、

私の側の世界で都市伝説的に知られている、

金属の筒に詰め込まれて、首都近郊の海に沈められる・・・的なことが、

隠蔽工作の必要すら無くなる感じ。


『私がやられても第二第三の猫の民が・・・!』

とか言っておけば、状況は変わる・・・のかな?

あ、余計なことを考えていたら、クルがちらりと視線を向けてくる。

私の出番だよね。小さくうなずいて、了解の合図。



「それなら遠慮なく、やらせてもらおうかな・・・と思ってたけど、

 あんたを捕まえたの、私じゃないんだよね。

 こういうのは、捕まえた者が決めるものだから・・・ハルカはどう思う?」

「クル・・・あのね、私は『犬の民』でも『猫の民』でもないから、

 昔のことや、お互いにどう思ってるのかを、

 本当の意味で感じることは出来ないけど・・・

 私達の民にとって、言葉が通じる者の命を奪うことは、とっても重いことなんだ。

 だから、二度と動けないようにする、というのは最後の最後にしたいの。」


「お、お前は、あたしにふらふらする匂いを嗅がせた・・・!」

まずクルに話していたら、猫の民がやっと私のほうを見てきたので、

じっと視線を合わせてから、話し始める。


「ねえ、あなたをどうするか決めるには、少し話が必要だけど・・・

 さっき、あなたはクルや私相手に、爪を出して傷付けようとしたよね。

 もしもまた、同じことをするのなら、私もあなたを許せないよ。」

「・・・し、しなけりゃ、いいのかにゃ?」


「うん。それから、もう同じことが起きないように、

 あの場所に匂いを付けることは止めてほしいな。

 私達だって、ずっとあの場所にいるわけじゃないから、

 狩りをする時だけ来て、お互い邪魔にならないようにすればいいんじゃないかな。

 それを守れるなら、手荒なことをするつもりは無いよ。」

「う、うう・・・それなら、約束してやってもいいにゃ・・・」


「してやってもいい・・・?

 つまり、そうしないで二度と動けなくなりたいの?」

『猫の民』の言い方に、すかさず反応するクル。

うん、その一押しは正直助かる。


「ひいっ! そ、そんなことはないにゃ!

 や、約束するから、動けるままにしてほしいにゃ。」

「・・・うん、それなら私はいいよ。」


「ハルカ、本当にそれでいいなら構わないけど、

 それじゃあ、これからのことを決めただけだよ。

 狩り場を荒らしたことの代わりが、何も無い。そうだよね? 猫の民。」

「う、うう・・・そういえば、そうにゃ・・・」


「それなら、頼みたいことはあるけど、

 簡単なことじゃないし、この子が嫌々やるのなら、任せられない。

 だから、私からも少しお礼を出すよ。」

「お礼・・・な、何をすればいいにゃ?」


「私とクルは、近々旅に出るつもりなの。

 だけど、私達二人だけでは、クルに負担をかけてしまうことになるから、

 あなたにも一緒に来て、手伝ってほしいの。」

旅をしようと話してから、考えていたことだけど、

私はクルに比べて耳や鼻は利かず、遠くの危険を察知できない。


それに、もし喧嘩のようなことになれば、

身体能力も戦いの経験も無いから、必然的にクルに多くを頼ることになる。

そんなところに、クルの側の世界で生きる民が加わることは、とても大きいのだ。



「にゃっ!? い、犬の民と一緒に!?」

「私は『犬の民』じゃないよ。それに、あなたを眠らせたものがここにあるけど、

 ちょっぴり使うだけなら、あなたが気持ちよくなるだけで済むんだ。

 これを時々あげるなら、どうかな?」

さっき使ったまたたびを、少しだけ取り出して示す。

うん、目の色が変わった。効果は抜群かな?


「にゃにゃにゃにゃにゃ・・・!!

 そ、それなら、やってやるにゃあ!」

「ありがとう! クルもそれでいいかな?」


「・・・ハルカがいいなら、それでいいよ。」

「良かった! クルもありがとう。」


「もう、仕方ないなあ。

 その時は、美味しいお肉も持ってきてね。」

クルの表情が、久し振りに緩んだ。

あ、『猫の民』の子が目をぱちくりさせている。


実のところ、この子が寝ている間に、

クルとご両親とは、ある程度打ち合わせてあったから、

途中で横槍が入ることも無かったのだけど。


クルは私の価値観を、ある程度分かってくれているし、

獲物の解体で辛そうにしていたのも見ているから、

目の前でこの子を二度と動けなくすれば、

私がどう思うかも、きっと気付いている。


それはそうとして、クルやお父さんが怒っていたのは、

演技でも何でもないのだけど・・・

何はともあれ、これで丸く収まったということで、良いのだろうか。



「そうだ、あなたの名前を教えてくれない?

 私はハルカだよ。」

「あ、あたしは、ミアだにゃあ。」


「ミア・・・だね。それじゃあ、これからもよろしく。」

「へ?」

握手しようと手を出したら、変な反応。

あ、そういえばそうだった・・・


「手と手を握り合うのが、ハルカのところの挨拶よ。」

「そ、そうか、よろしくにゃあ・・・」

「うん、よろしく!」

クルが冷たい目をしながらも、助け船を出してくれて、

ミアと私とで握手。


まだまだ波乱含みではあるけれど、

三人での旅の準備も、進めていけると良いな。

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