第34話
「ハルカ、おかえり!
あれ、もしかして疲れてる?」
「うん・・・買い物に行ってきたから、ちょっとね。」
疲れていることは間違いないのだけれど、
程度を軽めに伝えるか、はたまた重めにするか少しだけ迷い、前者を選ぶ。
いや、朝にクルの住む世界から、私の側に戻ってきて、
そのまま慌ただしく買い物をしてから、またこちらにやって来たわけで、
すごく疲れたと言っても差し支えない・・・
クルを必要以上に心配させたくないから、そうはしなかったけれど。
「ちょっとなら良かったけど・・・行ける?」
どこに、とは言うまでもない。
昨日から打ち合わせてきたことなのだから。
「うん、大丈夫だよ!」
先程買ってきたものを見せつつ、クルに答えた。
*****
「うっ・・・クル、お願い。もう少しだけゆっくりにして・・・
何か出ちゃいそう・・・」
さて、本日二回目となる、クルの背中という絶叫マシーン。
買い物に行った疲れもある状態では、大丈夫ではなかったよ・・・
流れを遡ってきたものが、人前で出してはいけない類いの何かが、
このままでは溢れてしまう予感。
「はーい、しょうがないなあ。」
クルが目に見えて、走る速度を落としてくれる。
あれ・・・? 基本的に速く走るのが好きなはずだけど。
そうか、これから行くのはクルの家ではないし、
向こうで休める余裕があるかは、分からないもんね。
ありがたく体力を温存させてもらうことにしよう。
「ここだね、『猫の民』が匂いを残してるのは。」
「うーん・・・私には、ほんの少し分かるくらいかな。」
クルとは違う、動物の匂いらしきものを少しだけ感じる。
それはともかく、匂いの元となれば、
私がつい先程買ってきたものの出番である。
「それじゃあ、これが消臭剤。
ここを握ると、細かい水みたいのが出てくるよ。」
「ふんふん・・・あっ! これ面白い。」
霧吹き状の器から、ぷしゅりと中身を吹き出してゆくのが、単純に楽しそうなクル。
・・・うん、気持ちは分かる。
「くんくん・・・『猫の民』の匂いは、あんまりしなくなったね。
これで、ウサギも安心して戻ってくると良いんだけど。」
クルが辺りを嗅ぎ回って、うんうんとうなずく。
「じゃあ、匂いがする場所はもう一つあるから、そっちに行こう!」
「うん!」
もう一度クルに背負われて、次の目的地へ。
こういうの、ゲームでよくありそうな部隊戦みたいで、ちょっと楽しいかも。
「それじゃあ、こっちの匂いはここからだね。
早くぷしぷししよう!」
クル、匂いを消すのと霧吹きを楽しむの、どっちの気持ちが大きいのかな?
と聞くのは野暮だろうか。そして、擬音の捉え方が私と少し違う。
それはともかく、クルが楽しそうなのは良いことなので、
そのまま二人で手早く匂いの元に吹きかけてゆく。
「うん、こっちも大丈夫になってきたかな・・・むっ?」
クルの表情が急に変わった。もしかして・・・!
「この匂いと同じのが、あっちのほうから近付いてくる・・・! 『猫の民』だ!」
匂いを付けるということは、猫の習性からして、縄張りと認識しているだろうから、
このタイミングで来ても、おかしくはない。
「分かった。私も準備しておくね。」
むしろ、来ることを想定して、あれを用意してきたのだけど・・・
クルが残った匂いを消し去るべく、丹念に消臭剤を吹きかける横で、
ポケットに忍ばせたものをしっかりと確認した。
*****
「お前ら、何してるにゃあ!」
少し待っていると、クルの家とは反対のほうから甲高い声。
姿はまだ見えにくいけど、耳と尻尾はあるようだ。
「・・・・・・」
あ、クルが隣ですっごく怖い目してる。
できれば穏便に、穏便にね・・・?
「もう一度聞く、お前らここで何をしてるにゃあ!!」
やがて接近してきた『猫の民』が、クルと私に凄んでくる。
あ、見た感じ女の子だ。安心できるわけではないけど、少しだけほっとする。
「あのさあ・・・ここって元々、私達が狩りをしてる場所なんだよね。」
「・・・!」
うん、どうしてほっとした気持ちになったかって、
クルのほうが怖い。威圧感みたいなものが違う。
向こうの子もそれを感じたか、ちょっぴり怯んだように見える。
「そ、そんなの、あたしの知ったことじゃないにゃあ!
今日から、じゃなくてこの前から、ここはあたしの場所になったんだにゃあ!」
「別に、時間をずらしたりして、お互い邪魔にならないようにするなら、
こっちだって、来るなとまでは言わないよ。
だけど、自分の匂いを付けて、ウサギまで怖がらせるってどういうこと?
ここで狩りをするみんなが困るんじゃないの?」
「う、う、うるさいにゃあ!
あたしの場所と言ったら。あたしの場所だにゃあ!」
あっ・・・クルのほうが圧してるけど、
向こうの子がちょっと逆上気味になっちゃったかも。
「何、やるつもり?」
「や、やってやるにゃあ・・・!」
あ、まずい、これは来る。
クルも爪を出して、いつでも攻撃できる体勢になっている。
「まずはそっちだにゃあ!」
ですよね・・・さっきから内心怖がってる相手より、
隣の弱そうな私を狙って、人質とかにしてくるよね。
でも、予定通りではあるので、
あらかじめ準備していたものを、足元にばふんと落とす。
「んにゃっ!?」
粉状のものが辺りに舞って、まずは目潰し的な効果。
いくつかの行動パターンは、事前にクルと打ち合わせているので、
さっさと私を持ち上げてくれて、こちらは退避済みである。
そして、本命は別にあるのだけど・・・
「にゃ・・・なんだか、気持ちいいけど・・・
ふらふら、してきた、にゃ・・・・・・」
あ・・・良かった、効いてる。
「うわあ、寝ちゃったみたい。
またたびって、本当に凄いんだね。」
つんつんと『猫の民』の頬を突いて、クルが驚いた様子。
「あれ・・・ふらふらするとは思ってたけど、
眠らせるなんて効果、書いてあったっけ?
・・・まあ、いいか。」
『猫の民』と猫では、効果は少し違うかもしれないし、
この子が私達で言えば、お酒に弱いようなタイプかもしれない。
とりあえず、行動不能にはできたので、成功ということにしておこう。
「さて、と・・・」
あっ、クルが冷たい目で、狩りで獲物を縛る紐を取り出した。
自業自得ではあるけれど、この『猫の民』の子には、
この後、覚悟してもらうしかないだろう。
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