第32話

「むー・・・やっぱり荒らされてる。」

今日のクルはご機嫌斜め。

そもそも、大好きな狩りよりも先に、

野草や果物を採りに行こうとするところから、おかしかったのだ。


「私には分からないけど、何か匂いでも付けられてるの?」

「うん、ここから近いところに、変な匂いがあるよ。

 昨日、お父さんに確かめてもらったら、『猫の民』だって。」

そして、ようやく狩りにやって来たけれど、

ウサギが近くで見付からず、代わりにあったのは別の匂い、というわけである。



「『猫の民』って、前にもクルが話してたよね。

 『犬の民』とは仲が悪いの?」

「うん。私は直接会ったことは無いけど、

 私達が捕まえようとしていた獲物を、『猫の民』が横からさらってくことが、

 昔よくあって、大きな喧嘩も起きたんだって。」


「お、大きな喧嘩・・・?」

「そう。『犬の民』がいっぱい集まって、『猫の民』を追いかけ回したんだって。

 向こうは、ほとんど群れを作らないけど、

 その時だけは、最後には集まって喧嘩したらしいよ。」


「そ、それでどうなったの?」

「『猫の民』は、みんな遠くへ逃げていったみたいだね。

 だから、今でも『犬の民』以外、この辺では民をあんまり見かけないんだ。」


「そ、そうだったんだ・・・」

うん、私がクル達以外の民に出会うことが無いのは、

こちらに来る頻度が少ないのと、『犬の民』の行動範囲が広いせいで、

『近所』だって私から見ると遥か遠くなのが、原因かと思っていたけれど、

そんな事情もあったのか。


私が生まれた国だって、過去に戦争を経験したことは、よく知られているけれど、

こちらでも向こうでも、私とクルが穏やかに暮らせているのは、

感謝すべきことなのかもしれない。


・・・クルの生活を穏やかと言って良いかは、

少し考えたくなるけれど。



「ねえ、クル。

 つまり、その『猫の民』が今になって、戻って来たってこと?」

「それはそうなんだけど・・・もともと『猫の民』ってそれぞれ勝手に行動するし、

 昔のことを知らない若い民が、一人で入り込んできたんじゃないかって、

 お父さんが言ってたよ。」

「ああ・・・そういう話、私のところでも聞くなあ。」

例えば、歴史的な経緯から、絶対にその土地では良くないとされる行動を、

多くの場合、それを知らない若者がとってしまい、大事になったという話とか。


「それで、どうするの?

 『犬の民』が集まって、その『猫の民』を追い出したりするの?」

「ううん。まだ一人だけみたいだし、そんなことにはならないかな。

 そもそも、『犬の民』だって、近くの人達は知ってるけど、

 いっぱい集まったのは昔のことらしいよ。」


「そっか。じゃあとりあえず・・・今日どうするかってところだね。」

「うん。昨日は放っておいたけど、

 なんでウサギの狩り場に近いところで匂いつけるかなあ・・・」


「うーん・・・私のところの『猫』の行動だと、

 ここが自分の縄張りだって言いたいのかも。」

「やっぱりそうだよね・・・それも嫌だけど、

 ちょっと離れたここのウサギまで、警戒しちゃって狩りにくいじゃない。

 本当に何考えてるんだろう・・・!」


「お、落ち着いて、クル・・・

 その『猫の民』は、今近くにいるの?」

「・・・ううん、いないかな。

 いたら、喧嘩してもいいかなとは思ってるけど。

 あっ、その時は、ハルカは危なくないところで待ってもらうから、大丈夫だよ。」

「いや、クルが怪我するようなら、

 私にとっては大丈夫じゃないんだけど・・・」

うん、私の親友は結構本気のようだ。

こちらの世界のやり方に、口を出すべきではないのかもしれないけど、

大切な人が危険な目に遭うかもしれないなら、話は別だ。

何か私にできることは・・・


「あっ・・・! いいこと思い付いたかも。

 クル、喧嘩のことは少し後にして、私のところで話をしない?」

「えっ・・・? ハルカがそうしたいなら、いいけど・・・」

ちょっと戸惑いつつも、クルもうなずいてくれたので、

私の側の世界で、作戦会議といこう。

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