第29話

「あれ? 少し遠くから、犬の民に似た匂いがするよ。

 もしかして、こっちにもいるの?」

午前中に干したお布団を、クルと一緒に取り込んでいたら、

すんすんと鼻を鳴らして、不思議そうな表情。


「いや・・・クル達と同じような人には、他に会ったことがないし、

 多分、こちら側にいる『犬』じゃないかな。

 そろそろ、散歩をしてる人をよく見かける時間だし。」

「ん、散歩・・・?」


「うん・・・お布団を取り込み終わったら、私の部屋の窓から覗いてみよう。

 こっちに近付いてくるかもしれないけど・・・

 もしも、クルに嫌なものを見せることになったら、ごめんね。」

「えっ・・・嫌なものって?」


「えっとね・・・それは、見てもらったほうが早いかな。

 あと、なるべく声は出さないで。」

「わ、分かった・・・」

私の表情が曇っているのに、気付いているだろう。

クルはそれ以上尋ねることなく、お布団を片方持って、部屋まで付いてきた。


「どうかな、クル。ここからでも匂いは分かる?」

「うん、これくらいなら平気だよ。

 あっ・・・近付いてきたかも。」

窓から外を見つめるクルが、その鼻だけではなく、

耳をぴんと立てて、私に答える。

これは間違いないよね・・・心の準備をしておこう。



「えっ・・・!」

やがて、クルが声を上げる。

その視線の先には、飼い主と一緒に姿を現した、こちらの世界の犬。

もちろん首輪をつけて、そこから伸びる紐に繋がれながら。


「あ、あれが、ハルカのところの犬なの?」

「うん・・・さっき話した通り、

 私達とは言葉が通じなくて、中には性格が荒っぽいのもいるから、

 ああしておかないと、どこかへ行っちゃったり、

 周りの犬や、他の動物や人にまで、怪我をさせちゃうかもしれないんだ。

 だから、大抵の犬を飼ってる人は、あんな風にしてるよ。」


「そ、そうなんだ・・・」

「ごめんね。私のところの、犬と人との関係がこんな形で。」



「ちょっと、ハルカ・・・!」

「むぎゅっ!」

クルの両手で頬を挟まれる。

急に柔らかい感触で驚いたところに、だんだんと思い出してくる。

これ、クルがお母さんに怒られてる時と同じやつだ・・・


「なんでハルカが謝るの。

 確かにこっちの犬がああいうのだったのは、ちょっとびっくりしたけど、

 ハルカは何も悪くないでしょ。」

「で、でも、私が住んでいる所のことだから・・・」


「もうっ! だったら、『猫の民』が私達の狩ろうとしてる獲物を、

 横からくすねたら、私のせいになるの?」

「そ、そんなことはないよ・・・」


「でしょ! だったら、ハルカのせいでもなんでもない!

 こっちの犬が、私達『犬の民』とは違うってだけだよ。」

「そ、そうだね・・・ごめ、じゃなくて、

 ありがとう、クル。」


「うん! 変なことで元気無くさないでよね。

 心配になるじゃない。」

「ひゃうっ!?」

クルが私の頬をぺろりとなめる。


「こんなことで、ハルカのことを嫌いになったりしないからね。」

「う、うん、ありがとう。」


「あっ、ハルカのところでは・・・ううん、なんでもない。」

「わ、分かった・・・」


クルの頬がちょっと赤い。

うん、こちらの犬はよくやることだし、『犬の民』も多分そうなんだろうけど、

私達はやらないことに気付いたかな。


「もう大丈夫だよ。ありがとう、クル。」

「・・・! うんっ!」

同じようにするのは、さすがに恥ずかしいから、

クルの顔に頬を寄せて、ぺたりとくっつける。


それでも少し、顔が熱くなりそうだけど、

クルの体温も温かくて、もうしばらくこうしていたい気持ちになった。



わんわんと吠える声がして、もう一度窓の外を見ると、

犬が飼い主を引っ張るようにして、家の前から走り去ってゆく。


「ねえ、ハルカのところの犬が言うことは、はっきりとは分からないけど、

 とっても楽しいって気持ちは、聞こえてくる気がするんだ。」

「そっか、それなら良かったね・・・!」


クルが言った通り、『犬の民』とこちらの犬は、やはり違っていて、

それでも、似ているところもあるようだ。


あちらの世界が、どんな進化の道を辿って来たのか、気になるところもあるけれど、

クルはクルで、私は私なんだろう。

自分のものとは少し感触が違う、ぎゅっと握りあった手がとても心地よかった。

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