第22話

「はい、ここが私の部屋だよ。どうぞ入って。」

「う、うん!」

私がクルの部屋・・・というか、

特に仕切りも無い家の、ちょっとした個人の空間という印象だけど、

あちらを訪れることは何度もあったのに対して、こちらが招くのは今日が初めて。


そのせいか、なんだか妙に緊張するし、

見ればクルも同じような雰囲気。


いや、先程から向こうの世界に無いものを、

たくさん見ているせいかもしれないけれど・・・

二人して妙にもじもじしながら、私の部屋の中へ。


「わあ・・・! さっきとはまた違って、

 いろんなものがある!」

足を踏み入れるとすぐに、クルがきょろきょろと辺りを見回す。

うん、多少は片付けたつもりだけど、変に思われないよね?

・・・って、今気にするのは、多分そこではないか。



「あれ? この大きいの、木で出来てるみたいだけど、

 中にたくさん入ってる?」

「うん、それは本棚だね。」

まずは部屋の入口近く、それなりに場を占めている棚に、

クルが目を留める。


「この一つ一つが本で、物語が書いてあったり、

 ここからそう遠くない場所や、あるいはずっと遠くで昔あったことについて、

 書かれていたりするんだよ。」

中から何冊かの本を取り出して、示してみた。


「それって、昨日見せてもらった、文字がいっぱいってこと?」

「うん、ほとんどのものはそうだね。」


「うわあ・・・私には分からないやつだ。」

うん、クルがちょっと困った顔になっている。

昨日の反応から、なんとなく予想はしていたよ・・・



「そうかもね。でも、これなら少し伝わるかな。

 ほら、挿絵があるから、どんな場面か少しだけ分かるよ。」

「ふうん・・・この人、何か細長いものを持ってる?」


「うん。それは剣といって、

 遠い所で昔に使われた、戦うための道具だね。

 この絵は物語の中で、戦いの場面を描いてるんだよ。」

「へえ! こんなことが前にあったの?」


「いや、これは本当にあったことじゃなくて、

 読む人に楽しんでもらうために、作られたものだね。」

「そっか。ハルカのところには、そういうのがあるんだね。」


「あれ、クルのところには無いの?」

「うーん、お父さんやお母さんが経験したことは、

 よく教えてもらうけど、作った話っていうのは無いかな。」



「そうだね・・・じゃあ、例えば・・・

 空から、鳥の民を一口で飲み込んでしまうような、

 巨大な生き物が現れて、みんなが危険に晒されるけど、

 犬の民や鳥の民、そのほか色々な種族の人達が集まって、それをやっつける話は?

 最後は、犬の民が自慢の爪で、止めを刺すの。」

「・・・・・・! それ、面白いかも!」


「うん! 私達はそういう物語で、楽しんだりするんだよ。」

「へえ・・・! これ、もうちょっと見せてもらっていい?」

クルが少し目を輝かせながら、

最初に挿絵を見た本を手に取り、ぱらぱらとめくってゆく。

うん、物語の楽しさが伝わるのは、私もなんだか嬉しい。


「あれ? ここに描かれてるのって、『犬の民』?」

「ああ、正確には、『犬の民』を見たわけじゃないと思うけど・・・

 こちらにも『犬』という動物がいるのは、話したことがあるよね。」


「うん! だけど、私達とは姿が違うし、言葉は通じないんだよね?」

「そうだね。でもそんな犬が、自分達に近い姿で、

 一緒に話したり戦ったりするというお話にすることで、

 空想の世界ってことが伝わりやすくなったり、読む人がわくわくしたりするんだ。

 『犬の民』みたいな存在に憧れる人は、たくさんいるんだよ。」


「えへへ・・そう聞くと、ちょっと嬉しいな。」

クルがちょっと照れた様子。可愛い。

私もこんな親友がいるせいか、犬の民に似た登場人物が出てくる物語は、

ついつい目に留まってしまうんだよね。

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