第16話

「本当にこんな形のお家が、あちこちにあるんだね。

 それに、さっき聞いた田んぼとか畑? っていうのも広くてたくさん!」

「うん。クルのところに比べると、

 確かに家が多くて、近くにあるように見えるよね。」


いや、実のところ、この辺りは田舎と呼ばれるほうで、

私が高校まで住んでいた都会は、もっと住宅の密集が凄いのだけど・・・

それでも、向こうではクルの家から一番近い住居だって、

見えないほど遠いということしか分からないから、これでも多く感じるのだろう。



さて、クルもようやくこの辺りの景色に慣れてきたところで、

目的地が見えてきた。すぐ隣を向いて声をかける。


「クル、お待たせ。あれが私の家だよ。」

「えっ、あれが!? じゃあ、早く行こう!」

「ちょっ・・・! 引っ張らないで・・・」


うん、まだ距離がある段階で教えたのは、失敗だったかもしれない。

どうにか転ばないように付いていって、私の家の前へ。


いや、本気で走られたら、引きずられるどころでは済まないから、

加減はしてくれてるんだよね・・・多分。



「あれっ・・・? これって、私のお家とは入り方が違うよね。」

勢いよく玄関前まで私を引っ張ってきたところで、

クルの足がぴたりと止まる。


視線が下のほうを向いているのは、

ここから地下に掘られた空間へと進んでゆくことになる、

自分の家を思い浮かべているのだろう。



「うん、入る時には、まずはこうしなくちゃ。」

鞄から鍵を取り出して、かちゃりと開ける。


「・・・・・・へ?」

そのまま引き戸をがらがらと動かしたら、

クルの目が点になった。



「・・・とりあえず、中に入ろうか。」

「う、うん・・・」

このまま立ち止まっていたら、自分の家の前で不審人物と思われかねないので、

クルの手を引いて屋内に入り、素早く戸締りをする。


「えっとね・・・こっちでは鍵っていうんだけど、

 家の人がみんな出かけている間、他の人が入れないようにする仕組みがあるんだ。

 ほら、今は開けようとしても、私の力じゃ動かない。」

「あ・・・ほんとだ。」


「それでね、中から開ける時は、ここを押さえて動かして、

 外からはさっきしたように、この辺りに小さい穴が開いているから、

 この鍵を挿し込んで少し回すんだよ。」

「む、難しそうだけど、すごいね。」

・・・実演しながら説明してみたけど、

クルの意識がまだ遠くから帰ってきていないようなので、

向こうの世界のことを尋ねてみる。



「クルのところでは、家に誰もいない間に、

 干し肉や狩りの道具を盗まれる、なんてことは無いの?」

「うーん・・・うちではまず、家に誰もいないってことは、

 出来るだけ無いようにしてるけど、

 別のところで盗みがあったのは、聞いたことがあるかな。

 その時は、匂いを追いかけて、盗んだ人をぼっこぼこにしたらしいけど。」

「な、なるほどね・・・」


うん、確かにクルも、私がお菓子を持ってくるとすぐに気付くけど、

『犬の民』相手に盗みなんてしようものなら、匂いで追跡されるのね。

それでも、クルの家のことを聞く限り、防犯の意識自体はあるみたい。


・・・それはそうと、玄関に入ったばかりのところで、

いつまで立ち止まっているんだろうね、私達。

この後もたくさん驚かれそうな気はするけれど、クルを家の中へ案内しよう。

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