第13話

「うん、これなら耳も尻尾も隠れるから、大丈夫かな。」

「ねえ、ハルカ・・・本当にこれ着なきゃだめ?」

クルがこちらの世界にやって来るために、今試着しているのは、

耳を隠すための大きめの帽子、そして、動きやすいようにふわりとしているけれど、

尻尾をはじめ、隠すべきところはしっかりと隠した服。


・・・結果として、クルが普段身に付けているものからすれば、

だいぶ窮屈なものになっているのは、確かだろう。

うん、心が痛むから、あんまり残念そうな顔をしないで・・・



「ごめんね・・・昨日の夜にも言った通り、

 私達のところには、クルと同じような姿の人はいないの。

 だから、耳や尻尾は隠しておかないと、きっと良くないことがあるんだ。」

「うう・・・良くないことって、どんな?」


「そうだね・・・例えば、たくさんの知らない人達に取り囲まれて、

 耳や尻尾をずっと触り続けられるとか・・・」

「ええっ・・・! それは嫌かな。」

うん、私だってそんなことはされたくないけど、

いよいよ本物だと知られたら、もっと大変なことが待っていそうなんだよ・・・



「それならまだいいんだけど、どこか見たことも無い場所に連れて行かれて、

 クルの毛とか爪とか、身体の色々なところを採られちゃうかもね。」

「何それっ!? なんでそんなことするの?」


「私達の中には・・・と言っても、こっちには本当にたくさんの人がいるんだけど、

 うさぎとか、生き物のことを調べる人達もいてね・・・

 そんな時に、自分達と姿がよく似ていて、耳と尻尾が犬の人なんて見つかったら、

 それくらいのことになっても、おかしくないんだ。」

「ううううう・・・それなら仕方ないか。ちょっときついけど、これを着るね。」


本当のところは、過去の事例が調べられるわけでもなくて、

何が起こるのかは私にも分からないけれど、

実際にありえそうで、クルにも伝わりやすそうなことを考えてみた。

少なくとも危ないってことは、分かってくれたかな。



そもそも、クル達の世界はほとんど野生の中にあって、

生存競争は大変かもしれないけれど、その分自由という感じがして、

こちら側は、物やサービスはたくさんあるけれど、

私だって細かくは覚えきれない程の、決まり事に縛られている。


そんな中で、私が住む国の住人として、あるいは他国からの旅行者として、

記録などされているはずもないクルは、

身元を問われるだけでも、確実に困ったことになるのだ。



「クル・・・辛いなら無理はしないでね。

 こうしないと危ないのは、間違いないんだ。」

「ううん、ちょっと変な感じはするけど、

 それよりずっと、ハルカのところに行きたいもん!」


「ありがとう! それから・・・」

笑顔に戻って言うクルに、嬉しい気持ちになりながら、鞄から鏡を取り出す。


「今のクルの恰好、私は綺麗だと思うよ。」

そう、服はなにも身体を隠すためだけのものじゃない。

自分の好きなように着飾ることだって出来るのだ。

・・・いや、お金の問題で量販店で買ったものだから、

あまり大きなことは言えないけどね。



「えっ・・・って、何それ! 私が映ってるの?」

あっ、まずは鏡自体への興味なのね。

クルが覗き込んだり、少し頭を振ったりしながら、

そこに映るのが自分の姿であることを確かめてゆく。


「うん。川でお水を汲んでる時とか、水面に自分の顔が映るのと同じだよ。

 この道具は、それをよく見るために作られたものだから、

 もっとはっきり分かると思うけど。」

「そっか・・・ハルカのところの着るものは、よく分からないけど、

 綺麗に見えるなら、悪くないかな。」

クルが少し照れた様子で、初めて身に付けた帽子や服をつまみ、鏡を覗き込む。

お世辞じゃなくて、こういう恰好のクルも良いなと思うし、

もし興味があるなら、いつかもっとお洒落な服も体験してほしいな。


「それじゃあ、ちょっと時間を使っちゃったけど、私のところに行こうか!」

「うんっ!」

楽しそうに答えるクルと手をつないで、私の住む世界に通じる境目へと飛び込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る