第11話

「それじゃあ、クルが私のところに来る時に、

 気を付けなきゃいけないことを教えるね。

 といっても、たくさんあるからメモしてきたんだけど・・・」

鞄の中からノートを取り出し、ぱらりとページをめくる。

クルが住む世界と、私が暮らす場所とは、違ったところがあまりにも多いから、

こうして書き並べて整理しておかないと、満足に伝えられる気もしない。


「ん、何それ? 白くて、ぺらぺら?」

「あ・・・やっぱり、そこからなんだね。」

薄々は感付いていたけれど、ここには紙というか、

そもそも何かに文字を書いているところを、見たことがない。


「これはね、私達が使っている紙というもので、

 こうして、文字を書くんだよ。」

興味津々のクルの目の前で、彼女も知っている言葉を記す。


「その、文字っていうのが、三つ・・・?」

「うん。これはね、う、さ、ぎ。

 私達の言葉で、うさぎって書いたんだよ。」

真っ白なノートに、大きく『うさぎ』と書いて示すと、

クルが目をぱちくりさせた。

 


「うさぎ・・・これが? ハルカのところでは、こんなことしているの?」

「うん。さすがに『うさぎ』って書くためだけに使うことは少ないけど、

 今日起きたことを書いたりするんだ。どこで何匹うさぎを捕まえた、とか。」


「うん? こんな風にしなくても覚えてるけど?」

「じゃあ、10日前・・・そのまた10日前、もっと前とかは?」


「うえっ? それは思い出せないかも。」

「うん、そういう時は、こんな風に書いておくといいんだ。

 『うさぎを捕まえた』だけじゃなくて、最初は全然見つからなかったけど、

 どの方角に行ったら居た、なんてことがあった時にはね。」


「ああ、それは便利かも!」

「うん。それでね、こういう文字があることもそうだけど、

 クルがいる此処と、私のところとは、違うところがたくさん・・・

 本当にたくさんあるんだ。」


「う、うん・・・」

あ、嫌な予感がするって顔してる。正解だよ、クル。



「私も覚えきれないくらいにあるから、こうして書いてきたんだ。

 これから、それを教えていくね。」

「うええっ!? こんなにたくさん・・・!?」

さっき『うさぎ』と大きく書いた文字よりも、

ずっと小さく、びっしりと書かれている紙を見て、クルが叫び声を上げた。


「ああ、いきなり全部覚えなきゃいけないわけじゃないから。

 まずは大事なところから、少しずつね。」

「う、うんっ・・・!」

クルが気合を入れ直してくれたようだ。

まあ、私だってこうして整理しなきゃいけないことを、

いきなり頭に入れろというのも無理な話だからね。


これからクルが、私の住む世界を知っていく中で、

あるいは行動の範囲を広げてゆく過程で、

だんだんと理解してもらうことも、必要なのだろう。


・・・それはそうと、これから長い夜になるとは思っているよ、クル。

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