第9話

「ねえ、お父さん。早く早く。」

クルが夕食の準備を整えながら、急かすように声をかけている。

言うまでもなく、早くご飯にしようということだ。


というのも、『犬の民』は基本的に家長が、

より大きな群れの場合は、それを率いる者が食事の開始を宣言するものらしい。


そう聞くと、少し大げさに感じてしまうけれど、

私が住む世界でも、家族が揃って食事をする時や、団体行動のことを考えると、

そこまでかけ離れた考え方ではないのかもしれない。


・・・あっ、そんなことを考えながら見ていたら、

クルがお母さんにちょっと怒られた。

そりゃそうだよね。クルのお父さんは草や土に囲まれながら、

家の補修をしていたんだから。



「むー・・・ちょっとくらいご飯早くしてくれてもいいのに。」

「あはは・・・私もお腹空いてるから、そのほうが本当は嬉しいんだけどね。」


「そうでしょ? よし、今度は一緒に言いに行こう!」

「・・・いや、多分もっと怒られるからやめようね?」

「えー・・・」


私を引き連れて頼みに行こうとするクルを、なんとか止める。

うん、最初にちょっと迷ったのは内緒だ。


なぜこんなにお腹が空いているのかといえば、

狩りや干し肉作りの時点で、半日以上は動き回ったり、作業をしていたわけで、

その上、あとは夕食までゆっくりするのかと思ったら、

日が傾く前に、木の実を採りに行くことになるとは思わなかったよ・・・


いや、疲れているなら断れば良い話だけど、

私を招いての食事を、良いものにしようという気持ちは伝わってくるし、

あんなにきらきらした目で誘われたら、もう行くしかないよね。


そのことは予想外だったけど、クルの世界の木の実・・・

私が普段よく目にするものとは、似ていることも似ていないこともあったけれど、

色々と見ることができたのは楽しかった。


だけど、クル・・・それなりの高さがある木に平気で登ろうとするのは、

見ているこちらとしては、冷や冷やするからね。




さて、クルのお父さんが苦笑しつつも、

少し早めに家の補修を終えてくれて、待ちに待った夕食の時間。

食卓・・・正確には小さな焚き火の周りに皆で座って、

お皿の代わりに、編まれた草や大きな葉っぱがあるのだけれど、

そこで一番目立つのはもちろん、クルが狩った大きなウサギの肉である。


「それじゃあ、私達が取ってきたお肉、焼いてこうね。」

「うん!」

クルがうきうきした様子で、切り分けたお肉を焚き火のそばに置いてゆく。

私が住む世界で言えば、囲炉裏を囲んで食事をするのに近いだろうか。


周りを見れば、私も一緒に採ってきた木の実や、食用だという野草もあって・・・

クル達『犬の民』の姿は、私の知る犬と人間、どちらの特徴も持っているけれど、

食生活の面でも、両者の中間ぐらいなのかもしれない。



「ほら、ハルカ。

 よく焼けたよ。食べて食べて!」

「う、うん! いただきます!」

考えているうちに、クルが焼けたお肉を切り分けながら、

勢い良く勧めてくるのに少し圧されつつ、ぱくりと一口。


「うん、美味しい!」

「そうでしょ、そうでしょ!」

自然と口をついた言葉に、クルが大きくうなずく。


味は素材そのものに近い感じで、たくさん食べたら、

明日には顎が筋肉痛になっているかもしれないけれど、

大切な友達と一緒に狩りに行って、食卓に並ぶ前のお手伝いもして、

そうして皆で、顔を揃えて食べる料理は、

お肉の質とか調理技術の差なんて気にもならないくらい、本当に美味しかった。

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