第3話

「そろそろ大丈夫かな。ありがとう、クル。」

クルの背中で、ちょっとした絶叫マシーンを体験した疲れも取れてきたので、身体を起こす。

本当はもふもふの膝枕をもっと楽しんでいたいけれど、クルを困らせるわけにもいかない。


「良かった! じゃあ、私の家に行こう。」

クルもぴょこんと飛び起きると、私の手を引いて歩き出した。



その先にあるのは、私が見上げるくらいの高さに、

こんもりと草や木の枝が積み上げられたもの。


「ただいまー! ハルカも一緒だよ!」

クルがその一角で、地面に向かい声をかけると、

草木をひょいと持ち上げ、現れた下り坂を進んでゆく。


その下には広めの穴が掘られていて、草や木の枝は屋根のようなものだ。

私が以前、歴史の教科書で読んだ『竪穴式住居』というのに似ていると思う。

ここでクルは、ご両親と一緒に住んでいるのだ。



クルのご両親にも久し振りのご挨拶をして、

家から持ってきたお菓子を広げると、クルのお母さんがお茶・・・

私が生まれた世界で言う茶葉とは確実に違うけれど、お湯に何かの葉で味と香りを付けたものを出してくれる。

よく知っているお茶などとは、比べないほうが良いのだろうけど、

こちらの世界の家庭の味という感じで、私はこういう素朴なのも好きだ。


私が持ってくるお菓子を、クルもご両親も毎回本当に喜んでくれる。

この世界に初めて迷い込んだ翌日、帰り道を探すのを手伝ってくれたクル達に、何かお礼がしたくて、

子供なりに考えて、祖父母の家にあったお菓子を持っていったのが最初だけど、

こちらで甘いものは果物がほとんどで、手の込んだお菓子なんてものは存在しないらしく、大げさなくらいに驚いていた。


あの時出会えていなければ、私は命を落としていたっておかしくはないんだ。

こんなことで喜んでくれるなら、いつでも持ってくるよ。



「そういえば、ウルさんは元気?」

少し落ち着いたところで、今ここにはいない、クルのお兄さんのことを聞く。


「うん、お兄ちゃんは相変わらず頑張ってるみたいだよ。

 少し前に、ちょっとだけ帰ってきたんだ。」

楽しそうに答えるクルと、その横で複雑そうな表情のご両親。


二、三年前までは、私が来た時にはウルさんも必ずと言って良いほどいたのだけど、

今はこの家を離れて、同じ「犬の民」が多く集まって、一つの場所で暮らす試みに参加しているという。


そうしたほうが何かと便利じゃないかと考える人達が、若い世代を中心に増えてきたらしいけど、

家族単位で暮らす伝統的な形を好む人達もやっぱり多くて、クルのご両親はどちらかといえば、そっちの考えらしい。

こういう価値観の違いは、私の周りでも時々聞く話だし、難しいね。



私が住む世界の歴史から考えれば、ウルさん達がやっていることは、

やがて大きな都市が生まれて、生活が豊かになってゆくきっかけになるかもしれない。


もちろん、その中には良いことも悪いこともあるだろうし、

そもそもこちらの世界が、私が知るような歴史を辿るかなんて、分かるはずもない。


簡単に答えが出せることではないけれど、

一人っ子の私にとって、もしお兄ちゃんがいたらこんな風なのかなと思わせてくれた、

ウルさんにも頑張ってほしいと思う。

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