第1話

しんと静まり返った山道に、私が土を踏む音だけが響く。

そこに木の枝や雑草のものが混じりはじめて、だいぶ荒れてきちゃったな・・・と苦笑する。


祖父母が健在だった頃は、先祖代々の土地であるこの山によく訪れては、

落ち葉を肥料にしたり、木の実や茸を収穫していたと聞くし、

普段は両親と共に都会に住んでいた私が、夏休みなどに遊びに来た時には、

人が通りやすい道はもっと綺麗だった記憶がある。


もっとも、少し道が荒れたくらいでは、小さい頃から何度も何度も駆け回って、

隅々まで知っていると自負するこの山を進むのに、大した問題はない。


いくつもの目印をたどって、

私しか知らない、秘密の場所へ行くのだって、簡単だ。



少し奥のほうへ進むと、背の高い木々が日の光を遮り、

辺りはちょっぴり暗くなる。


周りの山も似たようなものだし、近くに街灯だってそう無いから、

この辺の一帯を指して、幽霊が出るなんて噂する人達もいるらしい。


私はいわゆる霊感というものを意識したことはないし、

この山で日が暮れるまで過ごした時も、そうした存在には出会わなかったけれど・・・

あっ、その時は迷子になって、暗くなるまで家に帰らずに、

みんなを心配させたことは反省しています・・・



・・・こほん。だから幽霊なんて見たことは無いし、

本当に居るのか、それとも居ないのかなんて、分かるはずもないけれど、

居てもいいんじゃないかなと、私は思う。


最近のニュースによると、私達が住む星の外に広がる宇宙には、

現代の技術で観測できるものよりも、できないものの方がずっと多いらしいし、

一つの歴史的発見や、一人の天才科学者の登場で、それまでの常識がひっくり返ることもあるように、

私達には、まだ知らないことがたくさんあるんだって思うと、なんだかわくわくしてくる。


―――ほら。今、私の目の前にゆらゆらと浮かぶ、半透明の裂け目みたいに。



いつからここにあるのか、どんな仕組みで存在しているのか、ほとんど何も分からないけれど、

偶然見つけた幼い頃の私が、いろんなことを試して、分かったたった一つのこと。


この向こうへ行きたいと、強く思いを込めて踏み出せば、

するりと通り抜けるような感覚の後に、

今までと全く違う景色が、目の前に広がるんだ。



靴を覆い隠す程に生い茂る、私の知る山には見慣れない草。

ここは小高い丘の上で、足元に気を付けながら下りてゆけば、そこには見渡す限りの草原。


元いた場所も、田舎と呼ばれることが多かったけれど、

そこには田んぼや畑、舗装された道もあって、

人の手が入った様子が全く無い、ありのままの自然だけを目にすることは無い。


私が住む場所とは全く違う、

そう、流行りの物語でよく使われる言葉を借りるならば、

異世界にやって来た気持ちになるんだ。



大きく息を吸って、こちらの世界の空気を体に満たす。

そして歩き出そうとしたところで・・・遠く前方に立ち上る煙のようなものが見えた。


えっ・・・? いくら何でも早すぎじゃない・・・?

気のせいということにして、改めて歩みを進めようとしたところに、

その間すら与えまいとするような勢いで、よく知る声が響いてきた。



「ハルカーーーー!!!」

「えっ、ちょっと待っ・・・!」

嫌な予感が胸いっぱいに広がる。

いや、もっと言えば、これから起きるであろうことは、

体に刻み込まれていると言っても過言ではない。


飛ぶような足取りで、辺りの草を薙ぎ倒し土煙を上げながら、

私に迫り来る高速の・・・


「会いたかったよ!!」

「ごふっ・・・!」

声の主が勢いを止めぬまま、体ごと私の胸に飛び込んでくれば、

支え切れるはずもなく、草の上へと押し倒される。

毎度のことではあるけれど、この辺りの地面が固くないことに、とても感謝している・・・



「クル・・・私はあなたほど体が強くないって、いつも言ってるじゃない。」

一瞬詰まった息を、どうにか戻してから、

間近にある顔を見て口にする。


「あっ、ごめんごめん。久し振りで嬉しかったから。」

無邪気な笑顔が、悪びれもせずに答えた。


「はあ・・・それにしても、いつもより来るのが早いんじゃない?」

「ふふふっ、そろそろだと思ってたから、

 近くまで来て、こっちの方角にしっかり耳を向けてたんだ。

 ハルカがそこを下りてきた音なら、絶対に聞き逃さないよ。」

そう言って彼女が、私の住む世界で言えば犬そっくりの耳を、ぴこぴこと動かす。

ぎゅっと抱きしめてくる腕も、柔らかな毛に覆われて、いわゆるもふもふに包まれた状態である。


うん、何だかんだ言って、

こうして全力で駆けつけて、歓迎してくれるのは、すごく嬉しい。



「ありがとう! 私も早く会いたかったよ。」

「うん!」

この子はクル。こちらで言うところの『犬の民』で、年の頃はきっと同じくらい。

小さい頃に迷い込んで、帰り道も分からず泣いていた私を助けてくれた、

その時からの、大切な友達だ。

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