Episode.33『LOVE』
……冴子は私が言いたかった事に感づいたようで、頬を赤らめて下を向いた。
私もバツが悪くなり俯いたので、気まずい静寂が訪れた。
しばらくして、冴子がゆっくりと話し始めた。
「私ね、チャミ……茶三郎さんと初めて会った時は正直あのカッコに驚いたし、まさか私の方から茶三郎さんを好きになっちゃうなんて思ってなかった……」
『あのカッコ』とは、クラッチェファンがコンサート会場で着用を義務付けられている『ミニスカ&おへそ出しコスプレ』の事だ。
「偶然、隣の席になって、どちらともなく話し始めて……気が付いたら、私の頭は茶三郎さんでいっぱいになってた。 ……理由は判らないけど『もっとこの人の事を知りたい。 もっと一緒にいたい!』……って、頭で考えるより先に心が動いちゃったんだ」
……!
自分の考えを一言一言噛み締めながら話す冴子の口調と一途な表情を見て、変な事を考えていた自分が恥ずかしくなった。
冴子は全身全霊を捧げて水戸街道さんに恋してる!
そう……恋愛って、頭で考えるものじゃ無いんだ。 自分ではどうしようもない感情が溢れ、止められないもの……なんだ!
……恋愛という沼にハマった親友の姿を見て、私は今まで無かった感情が胸の奥から湧き上がるのを感じた。
『ああ! 私もこんな恋をしたい!』
私は冴子の手を両手で包むように握り……
「さえこ! おめでとう! 私、二人の幸せを心から祈ってるよ! ずっと、ずぅーっと応援するからね!」
気付くと、二人の目からポロポロと大粒の涙が零れ落ち、ちゃぶ台の上でキラキラと輝いていた。
「……ん? ……そう言えば……チャミさん、戻って来るの遅くない?」
チャミさんが『御不浄』(トイレ)に行ってから、かなり時間が経っている。
……!
……ま、まさか! 御老体の身に……何か起きたのでは?
嫌な予感がして立ち上がったその時!
「♪ちぇり〜まぐなむ〜♪むしのぉ〜いきぃ〜♪」
廊下から、やや演歌じみた唄が聴こえて来た(苦笑) ……あの歌詞は紛れもない、クラッチェの新曲『タクティカル・チェリー』だ。
「♪ワンチャンかけるぜエンチャント〜」
冴子がチャミさんの唄に呼応するように歌った♪
私も楽しくなって思わず口ずさみ
「♬ミラ〜クルクル大成功ぉ〜」
……と、大合唱になった♬
……そんなこんなで、結構遅い時間になってしまった。
名残惜しかったが、チャミさんが女性ドライバーさんのタクシーを呼んでくれて、私はそれに乗ってチャミさん宅を
……冴子とチャミさんは、いつまでも手を振って見送ってくれていた。
********
……『めぐみ』こと『蛸殴 使手恵』が帰宅した
「先生、この度は
茶三郎は恵比寿様のような笑顔を浮かべ……
「中山道さん、頭を上げなさい。 私は、
「畏れ多きことに存じます」……と、冴子は再び平伏した。
茶三郎は冴子の恩師である。
彼は務めていた学校を定年退職した後、私塾を開いていた。 その生徒の一人が中山道冴子だった。
彼女が日本史に興味を持ったのは茶三郎の影響を大いに受けたからである。
茶三郎が高齢を理由に私塾を縮小した後も二人の師弟としての交流は続いていた。
……冴子は親友である蛸殴使手恵が本当の恋を理解していない事を憂い、愛の素晴らしさを教示すべく茶三郎と共に一芝居打ったのだ。
冴子は少し顔を上げ……
「……私は、このままいつまでも先生のお側に居られれば幸せなのですが……お邪魔でしょうか……?」
……と、やや震えた声で言った。
茶三郎はそれを聞いて座り直し……
「中山道さんのお気持ちは、この水戸街道茶三郎、涙が出る程に嬉しい。 ……されど私は30年前に逝った家内を今でも好いておる。 私も
……と言って、冴子に深く頭を下げた。
「……はっ」
冴子は茶三郎に涙を見せぬよう必死に耐えつつ一礼した。
中山道冴子、水戸街道茶三郎……この二人も、愛に生き、純愛を貫いている素晴らしき人物だ。
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