第29話 結び手①
僕は小鳥遊さんを好きらしい。
その事実に、今更気が付いた。
家で左手小指から伸びる赤い糸を眺める。
もう七月に入る。
四月からわずか三ヶ月。
運命の赤い糸は、ずいぶんと鮮明になったように感じる。
四月にはただの隣の席の住人だった小鳥遊さん。
彼女と僕は徐々に交流を果たし、いつの間にかお互いの家にも行き来するようになった。
成り行きでそうなったとはいえ、出会ったころからは考えられないことだ。
これは、赤い糸の加護なのだろうか。
自室にて考えていると、不意にポンとスマホの通知音がする。
小鳥遊さんだ。
『もうすぐ梅雨明けるって』
他愛もない連絡。
僕と小鳥遊さんは、連絡先を交換してから毎日細々とやり取りをしていた。
何だかんだ、小鳥遊さんから連絡が来るのだ。
話題はたいてい、何でもないようなこと。
でもそれが、何だか嬉しい。
最初は慣れないアプリも、使っているうちに慣れてきた。
今ではスタンプも使っている。
※
『梅雨明けって聞くと期末テストが思い浮かぶよ』
『えー? そこは夏休みでしょ』
『小鳥遊さんは夏休みどこか行くの?』
『うーん、去年はカオリたちと海行ってたりしたけど。モデルの仕事もあるからなぁ』
『モデルって、夏ってやっぱり忙しいの?』
『他の人は知らないけど、私はサトコ叔母さんに「夏の特集組むから」って言って外に連れ出されるよ。炎天下の撮影は地獄だよ、マジで』
『他に行きたいとことかはないの?』
『お祭りとかも行ってみたいなぁ』
※
「お祭りか……」
小鳥遊さんとのやり取りを眺めながら、何となく考える。
彼女と二人でお祭りに行ったらどうなるんだろう。
モデルの小鳥遊さんは、きっと浴衣を着ても綺麗だろう。
でも人ごみではぐれそうだ。
一般的な男女だと、手を繋ぐイメージがある。
「手を繋ぐ……」
考えながら、顔が熱くなった。
僕と小鳥遊さんが手を繋ぐ?
ありえない。
無理だ。
風邪の時は看病することに夢中だったから出来たけれど、今は状況が違う。
小鳥遊さんが好きだと自覚してからというもの、ずっとこの調子だった。
ここ最近、ちょっとしたことでもすぐに彼女のことを考えてしまう。
いや、考えれば以前からそうだった気がする。
僕は彼女のことをよく考えるようになっていた。
それは、この運命の赤い糸のせいだと思っていたのだけれど。
もしかしたら違うのかもしれない。
なんだかんだ毎日やり取りしているのもあり、彼女のことを考える時間は日に日に増えていく。
この精神状態は良くない。
寝て気持ちを切り替えよう。
目を瞑ると先日の墓参りの情景が思い起こされる。
小鳥遊さんは、無自覚に震える僕の手を取ってくれた。
僕に誤解されるかもしれないのに。
拒絶されるかも知れないのに。
その行動にどれだけ勇気が必要だっただろう。
「手を繋ぐ、か……」
「だから、手繋げたら行けるっしょ!」
学校にて。
休み時間に、不意にそんな話し声が聞こえてドキリとする。
同じクラスの男子だ。
教室の前の方で、何やら大きな声で話している。
どうやら先日デートに行ってきたらしい。
「でもまだ手ぇ繋いだだけだし、微妙じゃね?」
「何でだよ! 手繋いだら行けるだろ!」
「何々? 何の話?」
「こいつが前のデートで手繋いだらしいんだけど、脈あるかどうかって話」
「女子ってそこらへんどうなん?」
「えっ? 普通嫌な人に触らせなくない?」
「私は雰囲気良かったら手繋いでもいいかなぁ」
最初は男子だけで話していたのに、徐々に他の女子も集まってくる。
恋愛話に釣られたのかもしれない。
聞いたら悪いかと思って本に目を向けるも、集中出来ない。
意識がどうしてもそちらに向いてしまう。
「盛り上がってんねぇ」
隣から声が聞こえる。
黒咲さんだった。
何故か彼女は小鳥遊さんの髪の毛を編み込みながら、前の様子を伺っている。
「何の話してるんだろ。鈴原くん聞いてた?」
急に話を振られると思わずギクリとする。
ごまかすのも微妙な気がして、素直に話すことにした。
「何か、手繋いだら付き合えるかどうかって……」
「へぇー、聞いてたんだぁ。興味津々?」
「……」
バツが悪くて黙り込む。
何を行っても言い訳になる気がした。
すると黒咲さんは「ミナミはどう?」と小鳥遊さんに話を振る。
「付き合ってない男子に急に手繋がれたら」
「嫌に決まってるじゃん」
ピシャリとした口調で彼女は言う。
その言葉は、今の僕に効く。
そして同時に気づいてしまうのだ。
先日彼女が僕の手を取ったのは、あくまで僕を安心させるためだったのだと。
分かっていたつもりなのに、どうやら僕は少し期待していたらしい。
浮かれていた自分が嫌になる。
そんな僕の様子にも気づかず、小鳥遊さんと黒咲さんは会話を続ける。
「私はそう言うの、ちゃんと決めた人じゃないと嫌だし……」
「あー、ミナミそう言うタイプだよねぇ」
「カオリ、何か言葉に含みない?」
「別にぃ?」
すると不意に黒咲さんは「じゃあ鈴原くんは?」と声を掛けてきた。
「ちょっと気になってる女の子と手ぇ繋げそうならどうする?」
「どうって……」
どうするんだろう。
全くイメージが湧かない。
と言うよりも、自分がその状況に遭遇するとは思えない。
「固まっちゃった」
「カオリが変なこと聞くから困ってるんだよ」
もし小鳥遊さんと手を繋げそうなら、僕はどうするんだろう。
――やめてよ、触らないで。
もしそんなこと言われたら、どうしたら良いんだろう。
きっと台無しになる。
せっかく仲良くなってきたと思ったのに。
そうなったら、以前の関係にはもう戻れない気がした。
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