第28話 交換

 お墓参りを終えた僕たちは、近くのうどん屋で食事をした。

 小さな個人経営のうどん屋だが、父の墓参りの後はいつもここだ。


「さぁさ、好きな物食べて」


「すいません、私までごちそうになっちゃって」


「いいのよ。小鳥遊さんが居てくれて、きっとあの人も喜んでる」


 するとヒナもウンウンと母に同調する。


「いつもお父さんのお墓参り終わると微妙な空気になってたもんねー。今年は小鳥遊さん居てくれてよかった」


「それなら良いんだけど……」


 まさかそれが理由で小鳥遊さんを呼んだんじゃないだろうな。

 内心疑いの目で見てしまう。


「それでヒナは、何食べる?」


「えー、お母さん何にするの?」


「天ぷらうどんかしら」


「天ぷらうどんもいいなぁ。あ、でもカモ南蛮も美味しそう」


 前言撤回。

 これは何も考えていない顔だ。

 たぶん小鳥遊さんと絡みたくて、無理やり誘ったのだろう。

 我が妹ながら、溜息が出る。


 向かい側で母とヒナがメニューを見ながらやり取りしているのを眺めつつ、僕は小鳥遊さんに声をかけた。


「ごめんね、小鳥遊さん。つまらなかったでしょ」


 しかし彼女は「ううん」と首を振った。


「鈴原のこと知れてよかった」


 彼女の顔は、何だか嬉しそうだ。


「鈴原のお父さんの話、ずっと気になってたんだ。でも、何だかこっちからは聞けなかったから」


「別に、いつでも聞いてくれていいよ」


「でも……辛い過去でしょ?」


「どうだろう」


 父が死んだ時、特に深い感慨はなかったように思う。

 でもその実感は、日常のふとした時ににじみ出た。


 父が好きだった映画を見た時。

 父の思い出話をした時。

 父と過ごした情景と現在の状況が重なった時。


 もう話したり、一緒に映画を見たり、ふざけたり。

 当たり前のことが出来ないんだなと、ふとした瞬間に実感してしまうのだ。

 僕はきっと、父の死の辛さを小分けで背負ったのだと思う。


 でも――


「時々、寂しくはなるよ」


 その感情は、年々しおれてはいるけれど。

 たぶん、消えることはないのだ。


「父さんが生きてたら、中学で孤立した時も、赤い糸が見えた時も、話を聞いてもらえたと思うから」


 でも今はもう、そんなことは出来ない。

 数年前に死んだ人に対して、無理なことを求めても意味のないことなんだ。


 すると、不意に小鳥遊さんがスマホを取り出した。


「ね、鈴原。……連絡先、交換しない?」


 彼女の表情は硬く、そして頬は朱に染まっていた。

 勇気を出して言っているのだと、直感的に悟る。


「お父さんはもういないかもしれない。でも私が居るからさ。鈴原が寂しくなったらさ、私に話してよ。悩みとか、不安なこととか。私も、鈴原の話聞きたいし」


 それはまるで、自分の気持ちを言い当てられているかのようで。

 嬉しいよりも、共感の方が勝った。


「うん……」


 何だか口元に笑みが浮かぶ。


「僕も、小鳥遊さんの話聞きたい。小鳥遊さんのこと、もっと知りたい」


「へへっ、じゃあ、決まりね」


「あ、でもまだアプリ入れてないかも」


「今すぐ入れて!」


 ◯


 うどん屋さんから出ると、小鳥遊さんは「じゃあ、私はこれで……」と頭を下げた。

 その様子を見て、ヒナが「えー」と声を出す。


「小鳥遊さん、ウチに寄って行かないの?」


「せっかくだからゆっくりして行けばいいじゃない」


 母も賛同したが、小鳥遊さんは首を振った。


「ありがとうございます。でもすいません。今日は夕方に叔母が来ることになっていて。家に居たいんです」


「あら、そう? 残念ねぇ……」


 不意に、小鳥遊さんと目が合う。


「じゃあ、また」


「うん。……また」


 小鳥遊さんの後姿を三人で見送り、母が「私たちも帰りましょう」と歩き出した。

 僕とヒナは、何となく母の背中を追いかける。


「小鳥遊さんホント綺麗だよねぇ。優しいし。お兄ちゃん、本当に付き合わないの?」


「付き合うも何も、そんな対等じゃないよ」


「何さ、対等って」


「生きる世界が違うってことだよ」


 そうだ、分かってる。

 小鳥遊さんと僕の生きる世界は違う。

 違いがあっても良いと思うし、小鳥遊さんの見ている世界を知りたいと思うけど。

 それ以上を求めようなどとは、思ってはいけないんだ。


「でも、お兄ちゃん、小鳥遊さんのこと好きだよね?」


「えっ?」


 ヒナの言葉に、一瞬ドキリと心臓が鼓動を打った。

 するとヒナは「もしかして気づいてないの?」と目を丸くする。

 僕が、小鳥遊さんを好き?


「小鳥遊さんと話してる時の顔、優しい顔してるよ?」


「それは……」


「あんな顔、絶対にウチではしないじゃん」


 そんなことないと思っていた。

 自分が誰かを好きになるだなんて、ありえないと。

 恋なんてものは自分とは無縁で、僕は生涯一人で生きると思っていた。


 でも、もしそうなのだとしたら。

 ここ最近抱いていた感情に、納得がいく気がする。


 すると母が「ヒナ」と声を出した。


「こう言うのはね、見守っておくのが大事なのよ」


「でもお兄ちゃん鈍いから、言わなきゃ分かんないじゃん」


「それでも。口出しするのは野暮ってものよ。これは、ソウタの問題なんだから」


「ちぇー、つまんないの」


「ヒナも恋すれば分かるわよ」


「私はこう見えてもモテるもん!」


 二人の会話がどんどん聞こえなくなる。

 自分の心臓の鼓動が速くなるのがわかった。


 ――この運命が、この運命だけは。

 ――切れてほしくない。


 お墓参りの時に感じた、強い拒絶反応。

 小鳥遊さんと離れたくないと、そう思った理由。


「僕は……小鳥遊さんが好きなんだ」

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