第27話 命日

 父さんの命日が来た。

 自宅から数駅行った場所、ちょうど学校と僕の家の中間にある駅で小鳥遊さんを待つ。

 僕の隣には、母とヒナも居た。


「あ、小鳥遊さーん!」


 ヒナが叫ぶ。

 その先に、制服姿の小鳥遊さんが緊張した様子で立っていた。

 彼女はガチガチになりながら、こちらに歩いてくる。


「きょ、今日はよろしくお願いしましゅ」


 そこで彼女は初めて、僕たちの服装に気付いたようでギョッと表情を変えた。


「あれ、私てっきり、喪服か制服かと思ってたんだけど……」


「一周忌とは違うから、もう何年も前だし、こんなものよ」


 母が言うと、小鳥遊さんは拍子抜けしたように「そうなんですね……」と声を出す。


「参加しておいてなんなんですが、本当にお邪魔してよかったんですか?」


「いいのよ、そんなに厳格なものでもないから」


「そうですか……」


 小鳥遊さんはチラリとこちらの様子を伺う。

 僕と目が合い、僕は頷いた。


「ごめんね、鈴原。お邪魔しちゃって」


「別にいいよ。ヒナが無茶行ったんでしょ」


 それに。


「僕も、小鳥遊さんが居てくれた方が良いから」


「それってどういう意味……?」


 どういう意味だろう。

 自分でも分からず「さぁ」と答える。

 彼女は少しだけ唇を尖らせた後、嬉しそうな顔をした。


 父の墓へむかう。

 道中、ヒナと小鳥遊さんが話しているのを、僕は何となく聞きながら空を眺めた。

 今日は雲一つない快晴だ。

 ここ最近は雨続きだったから、良かったなと思う。

 

「父さんの命日、毎年晴れなのよね」


 いつの間にか横にいた母が不意に言った。

 

「気づかなかった」


「イベントの日とか、いっつも晴れなのよ。学校の遠距離走とか嫌がっていたのに、絶対に中止にならないの。よく覚えてるわ」


「へぇ……」


 父の命日の日は、思い出話が増える。

 いつもは父の話をしない母が、妙に感傷的に見えるのだ。


 父のお墓は、駅から歩いて十分ほどのお寺の中にある。

 行きの道中で仏花を買った僕らは、毎年そうしているように、お寺の住職に簡単な挨拶だけ済ませると、墓に向かった。

 ヒナと母が、花を回収して新聞紙で包んでいる。


「もうすっかりしおれちゃってるわね」


「結構間隔開いたからねー」


 ヒナと母さんが話しているのを尻目に、墓石を水で洗った。

 束ねた線香にまとめて火をつけ、線香立てへ置いておく。

 そのまま四人で静かに拝んだ。


 揺らめく線香を眺めていると、小鳥遊さんがそっとこちらの様子を伺っているのに気づいた。

 たぶん父の話を聞きたがっているのだと察する。


「ガンだったんだ。見つかった時にはもう手遅れだった」


「お父さん、どんな人だったの?」


「優しくて穏やかな人だった」


 答えたのは僕ではなく、母だった。


「本や映画が好きで、いつもニコニコしている人だったわ。いつだったかしら、ソウタとヒナの見てるアニメに、お父さんまで一緒になって見てる時とかあったわねぇ」


 するとヒナもうんうんと頷く。


「お父さんオタク気質だったよね。結構小説やマンガ集めてたし。お兄ちゃんがインドアなのもお父さんの影響じゃん」


「僕は自分に合ってたけどね。元々素養はあったよ」


「自分も仕事で疲れてるのに、帰ったらご飯作ってくれたり、ヒナやソウタのお迎えやってくれたり、家族想いの人だったわ」


 母はどこか遠い目をした。

 過去のことを思い出しているのだろう。

 父と四人で暮らした日のことを。


 すると小鳥遊さんはハッと何かに気づいたように、表情を変えた。


「今は鈴原が、お父さんの代わりをしてるんだ……」


「別に、気がついたらそうなってただけだよ」


 僕はそっとため息を吐く。


「父さんが死んだ時、母さんは何日も泣いていて、ヒナも元気がなかった。家の中がまるで夜の帳を下ろしたみたいで、暗くて静かだったんだ。だから僕は、父さんが生前そうしていたように、家のことをやるようになった」


 温かなご飯を作って、家を掃除して、窓を開ける。

 父が家に取り込んでいた光を、僕が入れたいと思った。


「当時まだ小学生だったから、色々出来ないことがあって苦戦したけど。だいぶ慣れたかな」


「大変だったんだね」


 小鳥遊さんの声が変な気がしたので横を見てギョッとした。

 彼女はなぜか涙ぐんでいた。

「大丈夫?」と声をかけると「ごめん」と返ってくる。


「ハンカチいる?」


「ありがと……。準備いいね」


「普段から携帯するようにしてるだけだよ」


 案外感情的なんだな、と思っていると、こちらの様子に気づかずヒナが嬉しそうな声を出す。


「小鳥遊さん知ってます? お母さんとお父さん、同じ高校の同級生なんだよ」


「そうなんだ?」


 すると母が「もう何年も前の話よ」と言葉を継ぐ。


「当時私は運動部で、クラスでは明るい方だったと思う。でもこの人は全然違って、私とは正反対。全然関わりのない関係に思えた」


 何だかそれは、僕と小鳥遊さんに少し似ている気がする。

 どうやら小鳥遊さんも同じことを思ったみたいで、「どうやって仲良くなったんですか?」と彼女は興味深そうに尋ねた。


「どうしてかしら? 偶然街で会ったり、困ってる時に声を掛けてくれたり、何だか色々あったわねぇ」


「それって、今だからいうけどさ、お父さんがお母さんのこと好きで、ちょっとストーカーみたいになってたんじゃないの?」


「うーん? そうでもなかった気がするけど。私が行った先でたまたま出会ったり、乗った電車で一緒になったり、偶然が何度も重なって、話すようになって、って言う感じだった気がするわねぇ」


「運命の赤い糸、なのかもしれませんね」


 小鳥遊さんがどこか遠くを見て言う。

 すると母が「そうそう」と頷いた。


「確かそんなこと言われた気がするわ」


「そんなこと?」


「運命の赤い糸が見えるって」


 ドキリとした。

 初めて聞く話だ。

 小鳥遊さんと顔を見合わせる。

 母は僕たちの様子に気づかず、話を続けた。


「お父さん、霊感? が昔から強いらしくて。人には見えないものをよく見たんですって。それで、人の赤い糸が見えるって言ってた」


「えー? いいなぁ。そんなの見えたらめっちゃ便利じゃん。私、自分の相手を探しちゃう」


「結ばれた先に居るのが、自分の理想のタイプとは限らないよ」


 僕が言うと、「それ最低じゃん」とヒナは言った。

 小鳥遊さんが僕の様子を心配そうに伺っている。

 ヒナは気にすることなく、頭の後ろに手を回してため息を吐いた。


「あーあ、理想の相手と結ばれてたらいいのになぁ」


「お父さんは、最後まで糸が見えていたんですか?」


 小鳥遊さんが尋ねると、母は「さぁ」と首を傾げた。


「どうだったかしら。本当にちょっとした時に話しただけだから」


「そうですか……」


「お父さん、ひょっとしたらお母さんと赤い糸で結ばれてたから近づいたんじゃないのぉ?」


「どうかしらねぇ」


 そこでふと何か思い出したかのように母は「そうだ」と言った。


「でも時折、小指を眺めるような仕草はよくしていたかも」


「えー? 意味深」


「結ばれてたよ」


 僕が言うと、母とヒナは黙って僕を見つめた。


「父さんと母さん、確かに赤い糸で結ばれてた」


 思い出した。

 小さい頃の情景を。

 初めて見た運命の赤い糸は、父と母の物だった。


 距離があってもハッキリと浮かび上がった赤い糸。

 それは、二人の運命の強さを物語っていたのだと思う。


 僕と小鳥遊さんはどうだろう。

 僕たちの赤い糸は、距離が出来ると薄くなる。

 それはつまり、まだ僕たちの運命が弱いということじゃないだろうか。

 運命が、切れてしまうことだってあるのかもしれない。


 何だか、嫌だと思った。

 この運命が、この運命だけは。

 切れてほしくない。


 すると僕の手を小鳥遊さんがそっと手を重ねた

 そこで初めて、僕は自分の手が震えていることに気が付いた。


「大丈夫?」


「……うん、ありがとう」


 そこでハッと我に返ったのか、小鳥遊さんは「あ、ごめん」と顔を赤くして慌てて手を離した。

 すると母は「ありがとう、ソウタ」とどこか嬉しそうに笑みを浮かべた。


「きっとそうね。結ばれてたって、お母さんも信じるわ」


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