第26話 日曜 Side - A
今日は日曜で学校が休みだ。
だが、僕はいつものようにバイトに勤しんでいた。
「鈴原さん、シフト入るの久しぶりですね」
「ここ最近テストとかで忙しかったから」
「私も似たような感じです」
久々にバイトに入ると、久々に沙雪さんと一緒になった。
バイトで高校生は僕たちだけということもあり、彼女とは何かと話す機会が多い。
学校は違うが、行事やテストなどの時期も被るため、シフトが一緒になることが頻繁にあるのだ。
上がり時間も同じになったりするので、たまに一緒に帰ったりもする。
いつものようにエプロンをつけて店に入る。
日曜と言うこともあり、いつもより混んでいた。
在庫を足したり、問い合わせの対応をしたり、レジを打ったり、書籍の整頓などを行っているとあっという間に時間が過ぎていく。
「鈴原さん、新しい雑誌が届いてるんですけどー……」
「あ、うん。出しとく」
「もう出しちゃって良いんですか?」
「さっき場所作っておいたから、むしろ並べた方が良いと思う」
「じゃあ、手伝いますね」
雑誌と小説のコーナーは僕と沙雪さんが担当を持っている。
同じ高校生ということもあり、彼女とは何かとタッグにされることが多い。
「前の分どうしましょう?」
「あとで返本するから、新しいのと入れ替えでダンボールに入れておいて」
「了解です」
新しい雑誌を取り出した沙雪さんが「あ、これ」と声を出す。
「以前、鈴原さんの友達が出てた雑誌ですよね?」
彼女は手に持っていた『juju』を見て嬉しそうな顔をする。
僕は「そうだよ」と頷いた。
「あの人、めっちゃ美人でしたよね」
「そうだね」
「前はビジネスの関係とか言ってましたけど、本当に付き合ってないんですか?」
「付き合う……? 僕と小鳥遊さんが、付き合う……?」
僕が困惑していると、沙雪さんは
「大丈夫ですか? 初めて車見たサムライみたいな顔してますけど」
「ちょっと自分の中の発想にない言葉が飛び込んできたから」
その発想はちょっとなかった。
でも確かに、健全な高校生の男女なら、恋人関係になることは当たり前にあるだろう。
そもそも、僕と小鳥遊さんは運命の赤い糸で結ばれているのだ。
赤い糸で結ばれると言うことが何を意味するのかを、すっかり忘れてしまっていた気がする。
「ほら、見てくださいよ、鈴原さん。こんなメインのページに乗ってますよ。読者モデルってレベルじゃないですよこれ」
「一応、今仕事中なんだけど……」
そう言いながらも、何だか気になって沙雪さんが開いているページを横から覗き込んでしまう。
彼女が開いているページには、小鳥遊さんが写っていた。
凛として、大人っぽくて、まるでどこか別の世界の人みたいだ。
でも最近は、その世界の隔たりが、何だか気にならなくなってきている。
それはひょっとしたら、小鳥遊さんのことを少し知れたからかもしれない。
「何だか鈴原さん、優しい顔してますね」
不意に沙雪さんがこちらの顔を覗き込んでくる。
僕は少し身を引いた。
「いっつも仏頂面なのに、そんな感じ笑うんですね」
「見ないで」
「えー? 良いじゃないですか。もう一回見せてくださいよ」
「見せないよ」
「鈴原さんってひょっとして、この女の人のこと――」
その時、不意に店内に大きな声が響いた。
「あー!」
何事かと思い、ギョッとして沙雪さんと声の方を見る。
見覚えのある女子が立っていた。
「お兄ちゃん! 何やってんの!?」
ヒナだ。
しかも後ろには、小鳥遊さんも居る。
何でだ。
「ヒナ、何でいるの。しかも、小鳥遊さんと」
「何でもくそもないよ! 何他の女の子とイチャコライチャコラしてんのさ! 小鳥遊さんと言うものがありながら!」
「ただ作業してただけなんだけど……」
「それでも!」
意味不明なことを言いながらヒナはズカズカとこちらに進んでくる。
店内の客が一気にこちらに注目した。
他の店員も、何事かと言うようにこちらを見ている。
その中には店長も居た。
あまり良くない状況だ。
「ヒナちゃん、もういいから行こう……」
「えー、でも小鳥遊さぁん」
察したのか、小鳥遊さんがヒナの手を引いてくれる。
彼女が居てくれてよかった。
去り際、小鳥遊さんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんね、鈴原。ちょっと顔見に来ただけなんだ」
「別に良いよ」
「じゃあ、また学校で」
まるで嵐のように怒涛の勢いで叫んだヒナは、小鳥遊さんに連れられて無事に退場した。
ざわめいていた店内が、さっきの騒動ですっかり静かになっている。
しかし緊張が弛緩したように、やがて再び喧騒が戻ってきた。
「ビックリした……。今のって、鈴原さんの妹さんですか?」
「そうだよ」
「あの後ろの人って、前のモデルさんですよね? 妹さんと仲いいんですか?」
「どうだろう。少なくとも、休日一緒に居るのは初めて見たけど」
「本当に彼女さんじゃないんですよね?」
「そういう関係じゃないよ」
すると沙雪さんは「そっかぁ、残念」と肩を落とした。
残念?
「付き合ってたら面白そうだなって思ったんで」
「面白がらないで」
◯
夜になり、仕事が終わってようやく帰宅する。
今日は色々あって疲れたな、と思ってリビングのソファで休んでいると、「ちょっとお兄ちゃん!」とますます疲れる原因がやってきた。
「今日のアレは何!?」
「こっちのセリフなんだけど……」
「せっかく小鳥遊さんが来てくれたのに!」
「ヒナは何で小鳥遊さんと居たの」
「えっ? 遊んでただけだけど」
「何で……?」
「何でって?」
「いや、どうやって連絡したのかって」
「前来た時、交換したよ?」
「いつの間に……」
「お兄ちゃん、だって交換くらいしてるでしょ?」
僕が黙ると、ヒナは「信じらんない」と壮絶な顔で言った。
「まだなの? 家まで呼んでおいて?」
「普段ほとんどスマホ使わないから。若者が使うアプリほとんど入ってないんだ」
「ええ……LINEくらい入れなよいい加減……」
明らかに引いている。
と言うより、憐憫の目を向けられている。
先ほどあれだけ怒っていたのに、もはや気持ちも鎮火したのか、ヒナは呆れたようにため息を吐き、母の方へと向き直った。
「お母さん、今度のお父さんのお墓参りなんだけど」
「どうしたの?」
「小鳥遊さんも誘っていい?」
「へっ?」
予期せぬ言葉に、僕は思わず驚きの声を上げた。
しかし母はさほど気にした様子もなく、「あら、いいわねぇ」と呑気な声を出していた。
「お父さんもきれいな女の子がいてくれたら嬉しいだろうし、それがソウタのガールフレンドなら、ますます喜びそう」
「何その感覚……」
「やったぁ! じゃあ小鳥遊さんに連絡入れとくね! 良いでしょ!? お兄ちゃん」
「もう、勝手にして……」
こうして、小鳥遊さんを父の命日に呼ぶことになった。
僕はそっと、小指から伸びる赤い糸を見つめ、小鳥遊さんが店に来た時のことを思い出す。
僕から伸びた運命の赤い糸は、今も確かに小鳥遊さんと結びついていた。
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