第26話 日曜 Side - B②

 日曜の街をヒナちゃんと歩いた。

 近くにあるファッション街に行きお店を見て回る。

 彼女はやっぱりオシャレが好きらしい。

 色んな服を試着しては、ああしようこうしようと悩んでいた。


「ねぇねぇ、小鳥遊さん、これってどうですか?」


「あぁ、うん。良いと思う。黒系のデニムと合うんじゃないかな」


「こっちのブレスレットのブランドって有名なんですか?」


「最近人気のとこだよ。イタリアのブランドなんだけど、値段が安いんだ」


「へぇー! そうなんだ!」


 私に一つ一つ意見を求めて来ては、大きなリアクションで反応してくれる。

 その様子が、何だか妹が出来たみたいで、少し嬉しい。



「そう言えばもうすぐお父さんの命日なんですよねー」



 一通り買い物を終えて近くのカフェで一休みしていた時だった。

 ふとヒナちゃんがそんな話をし出したのだ。


 今度やるイベントの話をしていたから、突然父親の話が出ると思わなかった。

 予期せぬその言葉に、心臓の鼓動が大きくなる。


 鈴原のお父さんの話。

 病気で亡くなったとは聞いていたけれど、あまり詳しいことは聞けていない。

 気になってたけど、父親の死についてなんて話したくないだろうなって思って、聞けずにいた。


「ヒナちゃんのお父さん……病気で亡くなったんだよね」


「知ってたんですか?」


「以前、ヒナちゃんのお母さんに送ってもらった時に聞いたの。今度来たら仏壇に挨拶してねって」


「へぇ……」


 ヒナちゃんは少しだけ意外そうに目を丸くする。

 そして何でもなさそうにパフェを口に運ぶと、静かに話しだした。


「お父さん、私が小学生の頃に死んじゃったんですよね。身体があんまり強くなかったみたいで。でもとっても優しかったんです」


「ヒナちゃんのお母さんが、鈴原とは全然違うって言ってたなぁ」


 するとヒナちゃんは「そうかなぁ?」と首を傾げた。


「私はむしろ、お兄ちゃんと似てるって思うけどな」


「そうなの?」


 ヒナちゃんは頷く。


「私たち、顔はお母さん似なんですけど。お兄ちゃんは、まとう雰囲気と言うか、空気感? みたいなのがお父さんに似てるんですよね」


「ちょっと柔らかい、みたいな? 緩いと言うか」


「そうですそうです。緊張感がない、かもしれませんけど。普段は無口で全然何考えてるのか分かんないんですけど、別に細かいこと気にしないし、無害だし、口もうるさくないし、怒ったらすぐ言うこと聞くし、楽なんですよねー」


「そ、そうなんだ……」


 兄妹関係が透けて見えるような発言だ。

 でも、何となく言っていることは分かる気がする。


 鈴原との沈黙は、気まずさとか、心苦しさとか、あんまり感じない。

 私が一方的に話していても、ちゃんと聞いてくれているのが分かるし。

 それでいて、妙に親身になりすぎない適度な距離感もある。


 仲良くなろうと思っても、どこまで親しくなれているのか、距離感がつかみづらかったりもするけれど。

 色んなことを受け止めてくれるような安心感が、彼にはある気がした。


 鈴原のお父さんは、優しい人だと聞いている。

 だからきっと、居心地の良さとか、温かさとかが似ているのかもしれない。


 私がヒナちゃんの言葉を咀嚼していると、不意に彼女は「そうだ」と何か思いついたように笑みを浮かべる。


「小鳥遊さんも来ません?」


「来るって、どこに?」


「お父さんのお墓参りですよ」


 えぇ……?

 言っている意味が分からず、思わず眉をひそめる。


「家族行事でしょ? 私が行くとまずいと思うんだけど……色々と」


「いいんですよ、どうせ毎年親子三人でお墓参りして、ご飯食べて帰るだけだし」


 行きたい気持ちはあった。

 鈴原のことをもっと知りたいし、彼と近づきたいと思っているから。

 でも。


「ヒナちゃんのお母さんの了承もいるだろうし、勝手に決めない方が良いと思うよ」


「えー? 絶対良いって言うと思うけどなぁ」


 私だって一応こんな派手な見た目をしているとはいえ、分別はあるつもりだ。

 家族行事に――しかもお墓参りに割り込むほど、図太い神経はない。

 鈴原だって、踏み込まれたくないテリトリーはあるだろうし。


 ヒナちゃんは不服そうに唇を尖らせると、ふと、窓の外を眺める。


「そう言えば、お兄ちゃんのバイト先この辺りですよ」


「確かに……」


 以前行ったことがあるからよく覚えている。


「ちょっと寄りません? お兄ちゃん、冷やかしましょうよ」


「迷惑じゃないかな」


「大丈夫ですよ、ちょっとくらい」


 カフェを出ると、ヒナちゃんに誘導されるまま、鈴原のアルバイト先へと向かった。

 日曜の大型書店はなかなかに混んでいる。

 お客もそうだが、店員の数も多い。

 この中から鈴原を見つけるのは困難に思えた。


「レジにいないなら、雑誌か小説のコーナーに居ると思うんですよねー。担当持たされてるって以前言ってたんで」


「そうなんだ」


 すると、ヒナちゃんが「あ、居た」と前方を指さした。

 釣られてそちらに視線をやる。


 ドキリとした。


 本屋のエプロンをつけた鈴原が、お店の女の子の店員と、かなり近い距離で作業していたから。


 段ボールから雑誌類を取り出している。

 親しい間柄みたいで、何やら会話しては笑みを浮かべていた。

 私が今まで見たことない、鈴原の表情。

 二人は、かなりいい雰囲気に見えた。


 私がショックで固まっていると、ヒナちゃんが「あー!」とデカい声を出す。


「お兄ちゃん! 何やってんの!?」


 ヒナちゃんを見つけた鈴原は、驚いたように目を見開く。

 一瞬だけ、彼と目が合った。


「ヒナ、何でいるの。しかも、小鳥遊さんと」


「何でもくそもないよ! 何他の女の子とイチャコライチャコラしてんのさ! 小鳥遊さんと言うものがありながら!」


「ただ作業してただけなんだけど……」


「それでも!」


 他のお客さんの注目が一気にこちらに集まっている。

 何だか色々マズい。


「ヒナちゃん、もういいから行こう……」


 私が手を取ると、「えー、でも小鳥遊さぁん」とヒナちゃんは抵抗する。


「ごめんね、鈴原。ちょっと顔見に来ただけなんだ」


「別に良いよ」


「じゃあ、また学校で。行こうヒナちゃん」


「えー!? 小鳥遊さん、もう出ちゃうんですかぁ?」


「迷惑になっちゃうから」


 半ば強引にヒナちゃんの手を引いて店を出た。

 ビックリした。

 みんなこっちを見ていた。


 店を出て一息ついていると、ヒナちゃんが「良いんですか?」と尋ねてくる。


「あんな近距離で作業しちゃって。しかも相手の子、年齢近そうでしたよ?」


「うん、そだね……」


 確かに、あの時の鈴原と女店員の距離感は気になった。

 歳も近いみたいだったし、可愛らしい子だったな。

 鈴原は学校に友達がいないと言っていたけど、バイト先はどうなんだろうか。

 二人で遊んだりとか、するのだろうか。

 色々とモヤつく気持ちが湧かないわけではない。


 分かってる。

 これは嫉妬だ。


 友達がいなくて孤立しているって思ってた鈴原が。

 他の人と仲良さそうに話しているのが、気にいらないんだ。

 私の知らない世界を持っていて、私は焼きもちを焼いている。


 正直、この気持ちは良くない気がした。

 あまり抱えたくない、じっとり湿った感情に思える。


「ヒナちゃん」


「はい?」


「さっき言ってたお墓参り、やっぱり一緒に行きたいかも」


「本当ですか!?」


 ヒナちゃんの顔がパッと明るくなる。

 その顔に、私は頷いた。


「じゃあお母さんに確認しときますね!」


 このまま手をこまねいていてはダメなんだ。

 私と鈴原の距離は、私が縮めていかないと。

 彼のことをもっと知れば、きっとこの湿った感情はなくなる。


 だから、一歩踏み出そう。


 それで、もし……もう少し彼に近づけるなら。

 近づきたいと、そう思った。

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