第22話 復帰 Side - B

 指先に温かな感触を覚えて目を覚ます。

 まず視界に飛び込んできたのは、いつもの天井。

 次に、部屋の時計がカチカチとなる音。

 自分の部屋だった。


 そうだった。

 熱が出たから早退したんだ。

 ふらふらになりながら帰ってたら、見かねて鈴原が送ってくれた。

 途中までは覚えているが、エレベーターに乗ったあたりから一気に疲労が来て記憶がない。


 手が何だか温かい。

 まるで誰かに握られているかのようだ。

 そっと手元を覗いてみるも、誰かが居るはずもない。

 でも手の中に、確かな感触がある気がした。


「鈴原が握ってくれてたのかな」


 そうだったらいいな、なんて勝手に考えてしまう。


 全身にぐっしょりと汗をかいていた。

 額からも汗が流れている。

 少し気持ち悪い。


 体を拭こうと上体を起こすと同時に、部屋のドアが開いた。

 サトコ叔母さんだった。


「あら、ミナミ起きてたの?」


「今起きたとこ」


「汗かいたでしょ? 身体拭いてあげる」


「ありがと」


 服を脱ぐと、何故か上だけ下着が替えられていた。

 部屋用の下着で、ワイヤーが入っていないタイプの緩いものだ。

 サトコ叔母さんが着替えさせてくれたのかな。

 あまり疑問には抱かず、身体を拭いてもらう。


「そう言えば、男の子いなかった?」


「鈴原くんね。もう帰ったわよ」


「会ったの?」


「ちょっとお茶したわ」


「そ、そうなんだ……」


 親族に会わせることになると思っておらず、ドキッとする。

 そんな私の様子に気づくことなく、サトコ叔母さんは「あの子、いい子ね」と言った。


「おとなしい子かなって思ったけど、結構話すタイプで。ちゃんとミナミのこと見てくれてる」


「そ、そう……?」


 何を話したんだろう。

 根掘り葉掘り聞きたいところだが、少なくとも私について話していたと考えると、何だか聞きづらい。

 でも、悪いことは言われてないことは何となくわかった。


 すると体を拭き終わったのか、背中をペンッと叩かれる。


「はい、おしまい。お腹減ったでしょ。うどん食べる?」


 その言葉に誘発されるようにしてなるお腹。

 すっかり見抜かれていた。


「食べる」


 リビングに降り、サトコ叔母さんが作ってくれたうどんを食べる。

 口にしたうどんは、よくお出汁がきいていて、弱った胃にじんわりと広がった。


「そのうどんの具材ね、鈴原くんが買ってくれたのよ」


「ほうなの?(そうなの?)」


 うどんをすすりながら顔を上げる。


「迷惑かけちゃったな……」


「今度会った時にちゃんと『ありがとう』って言わなきゃね」


「そうする」


「心配してたわよ、彼」


「心配してくれたんだ……」


 普段は真顔で何を考えているか分からないところもあるけど。

 たぶん、他の人よりもずっとずっと彼は優しい。


 私が一人でニヤついていると、叔母さんがにんまりと笑みを浮かべた。


「で、付き合わないの?」

「つ、付き……!?」


 思わずうどんを噴き出す。

 慌てふためく私を見てサトコ叔母さんが快活に笑った。


「アハハ、冗談冗談」

「うー……」


 こういう時のサトコ叔母さんは、意地悪だ。

 私が口を尖らせていると、サトコ叔母さんは嬉しそうに私を見つめた。


「でも、ミナミが最近キレイになった理由が分かった」


「どういうこと?」


「ミナミ、好きなんでしょ。鈴原くんのこと」


「そ、そんなこと……!」


「隠すな隠すな、叔母さんにはお見通しだから」


 この人には叶わないな。

 内心そう思った。


「気持ち、伝える気ないの?」

「今はまだその時じゃないっていうか……」


 ごにょごにょと、言葉が尻すぼみになる。

 サトコ叔母さんは何だか楽しそうだ。


「デリケートな時期かぁ。一番楽しい時よねぇ。これから仲良くなっていくって言うか」


「仲良く……なれるかな」


「なれるでしょ。と言うかたぶん、彼もミナミを――」


「何?」


「何でもないわ」


 サトコ叔母さんは肩をすくめた。

 そんなところで言葉を止められたら余計に気になる。


 そこでふと思い出した。


「そう言えば、サトコ叔母さんありがとう」


「何? 急に改まって」


「服、着替えさせてくれたんでしょ?」


「私は何もしてないけど……」


「あれ?」


 一瞬妙な間が生まれる。


「じゃ、じゃあ自分で着替えたのかなー? アハハハ」


 待て待て待て。

 自分で着替えたとしたら、上だけ下着を替えるか?


 と言うことは?

 えっ?

 もしかして?


 頭が真っ白になった。


 ◯


 翌日。

 熱もすっかり下がり、学校に登校すると、隣の席に鈴原は居た。

 彼は一瞬私を見つけて憮然とした表情をパッと緩めると、すぐにいつもの顔に戻る。

 何だかそれが小動物みたいで、カワイイなんて思ってしまう。


「おはよ」

「おはよう」


 声を掛けると、いつもの返事。


「小鳥遊さん、もう大丈夫なの?」


「うん、すっかり良くなった。鈴原、ありがとね。色々助けてくれて」


「元気ならそれで良いよ」


 相変わらず彼の言葉はそっけない。

 でも、そのそっけなさの中に、優しさが込められていることを私は知っている。


「それで、ねぇ、鈴原」


「何」


「私の家で、何かなかった?」


「小鳥遊さんの叔母さんと話したけど……」


「いや、他にも」


「他?」


「ほら、着替えとか……?」


 すると鈴原はすこし沈黙した後。

 窓の外にそっと視線を移した。


 何だそのリアクション。


 何だそのリアクション!?


「ねぇ、マジで何があったの!?」


「何でもないよ」


「何でもなくないやん! 耳まで真っ赤やん!」


「大丈夫だよ」


「何が大丈夫!? 教えてや気になるから!」


「言わない」


「言って!」


 いつか、付き合うという選択もするのかもしれない。

 そんな未来が来たら良いなと思う。

 でも、今はもう少し。

 彼とこの距離を楽しみたいと、心からそう思うんだ。

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