第19話 看病

 小鳥遊さんを家へと送る。

 拒まれたらどうしようかと思ったが、意外にも彼女はすんなりと受け入れてくれた。

 一人で帰ろうとしていたけど、実は不安だったのだろう。


 小鳥遊さんの足取りは、普段の凛としたものとは違い、どこか弱々しい。


「ごめん、お待たせ」


「何買ったの?」


「栄養剤と、ポカリと、うどんの食材。あと一応近くの薬局に売ってたから風邪薬も。うどんは最低限つゆを水で割ればすぐ作れるから。夜中にお腹減ったら食べて」


「うん、ありがと……」


 途中で買い物を済ませ、少し歩くと小鳥遊さんの家へとたどり着いた。

 以前見た豪勢なタワーマンション。

 そのマンションの中に、小鳥遊さんと入る。


 小鳥遊さんの家は、マンションの20階。

 最上階だった。


 歩くと足音のしない、ふかふかした絨毯生地が敷かれた廊下を歩く。

 外の音が入り込まず、ずいぶんと静かだ。

 シン……とした沈黙が満ちている。

 まるでどこかの高級ホテルのようだと感じた。


「それじゃあ、僕はここで」


 家の前で小鳥遊さんに荷物を渡して帰ろうとすると、服の裾をつままれる。


「大丈夫。寄ってって……」


「良いの? 僕まで入って」


「一緒に居てほしい」


 彼女は僕のシャツの裾をチョンとつまみながら、弱々しい表情を浮かべた。

 普段見ない彼女の甘えるような態度。

 ……その顔は、正直ズルい。


「じゃあ、お邪魔します」


 小鳥遊さんの家に入ると、そのあまりの広さに面食らった。

 天井の高いリビングは非常に広く、壁にハメ殺しタイプの大きな窓が付いていた。

 外には出られないらしい。


 窓からは、街の景色が一望出来た。

 僕らが通う学校も見え、かなり遠くまで見渡せる。


 また、二階建てらしく、リビングには階段もあった。

 二階には個室がそれぞれあるらしい。

 個室の前には、手すりのついた廊下が伸びている。

 リビングを見下ろせる吹き抜け構造だ。


 お金持ちの家、と言うのが第一印象。

 こんなに広い家に住むには、どれくらいするんだろう。

 ちょっと想像がつかない。


「冷蔵庫借りるね。食材入れちゃうから」

「うん……」


 リビングの大テーブルに荷物を置いて一息つく。

 ソファでぐったりしている小鳥遊さんを横目に、冷蔵庫に買った食材を入れる。


 両親と小鳥遊さんの三人暮らしとは聞いていたが。

 冷蔵庫の中にはほとんどものがなかった。

 調味料は一応あるようだから、何かしら料理はしているのだろうけれど。

 冷蔵庫のサイズの割に中はガラガラだ。

 あまり活用されていないように見える。


 一通り終えて小鳥遊さんの元へ戻ると、彼女は制服のままソファに横たわってスースーと寝息を立てていた。

 スカートがまくれ上がり、小鳥遊さんのスラリとした白い足が露わになる。

 僕はなるべく見ないように注力しながら、彼女の肩を揺らした。


「小鳥遊さん、寝るならちゃんと着替えないと」


「んー……着替え、取って来て」


「どこにあるの」


「二階の右の部屋。あと下着も」


「し、下着?」


「寝る用のやつ」


 半分寝ぼけているのか、熱で朦朧としているのか。

 まるで小さな子供のように彼女はごねる。

 僕はそっとため息をつくと、彼女が言っていた二階の部屋へと足を運んだ。


 どうやらそこは、小鳥遊さんの自室らしい。


 人の部屋へ勝手に入ることに抵抗はあったが、この状況では仕方がない。

 中に入ると、部屋の奥側に大きなベッドと、勉強用のシンプルな机が目に入る。


 部屋の中央には四角いテーブル。

 上には雑誌の『juju』がおもむろに置かれていた。

 本棚などはなく、小さな棚が二、三個。

 そこには小物や化粧品などが並んでいる。


 テレビなどもあるかと思ったが、そうしたものは置いていないようだ。


「服、どこだろう」


 部屋に一歩入ると、ベッドの布団がめくれ上がっていた。

 そこらかしこに生活感があり、勝手に部屋に忍び込んだような背徳感がある。

 気にしたら負けだと自分に言い聞かせて、服を探した。


 すると、部屋の壁側にスライド式の引き戸があることに気づく。

 開けると中は少し大きいクローゼットになっていた。

 かなり多くの服が掛けられている。

 さすがはモデルと言ったところか。


 プラスチック製の衣装ケースがいくつか。

 そのうちの一つに、部屋着らしいものが固まっていた。

 スウェットとショートパンツを取り出す。


「そう言えば下着も持ってきてって行ってたな……」


 一応家で家事をしているから、女性用の下着はそれなりに扱ったことがある。

 多分、小鳥遊さんが言ってたのは普通の下着じゃなくて、部屋着用の下着だ。

 ナイトブラとか、ワイヤーが入っていないタイプのものがあるのだ。


 棚を開くと、案の定下着が入った棚が見つかった。

 セットになったフリルのついたデザインの下着がいくつも目に入る。

 それが、小鳥遊さんの姿に嫌でも重なり、ひたすら気まずい。

 自分の妄想力に嫌悪する。


 とにかく早くしないと。

 なるべく下着を見ないように努め、それっぽい生地の物を手にすると、ようやく小鳥遊さんの元に戻ってくることが出来た。


 どうにか窮地を乗り越えたようだ。

 スースーと寝息を立てている彼女を、再び揺り動かす。


「小鳥遊さん、着替え持ってきたよ。これ着替えて、ちゃんと部屋で寝よう?」

「んー……」


 眠りが浅かったのか、小鳥遊さんはすぐに目を覚ましてくれた。

 ホッとするのもつかの間、彼女は体を起こして座り込むと。

 彼女は寝ぼけ眼で、くたっと首を傾けながら両手を差し出した。

 何してるんだろ。


「着替えさせて」


「……はい?」


 血の気が引くのを感じる。


「服。着替えさせて」


 窮地は、まだまだ続くようだ。

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