第17話 子供

 久々に買い物に来ている。


 最寄りから数駅行ったところにある大きなモール街。

 そこで久々に、ゆっくり店を見て回っていた。


 ここ最近はテストやバイトでバタバタしていたのもあり、束の間の平穏を感じる。

 以前まではこうした日常が当たり前だったが、何だかすっかり遠ざかってしまっていた。


 目的は本屋だが、バイト先に行かなかったのは、せっかくなので他にも店を見回ってみたいと思ったからだ。


「服とか買おうかな……」


 目についた服屋を見て周り、タグに刻まれた値段を見て思わずため息が出る。

 ここ最近、小鳥遊さんと交流することが多かったからか、少し興味も湧いていたのだが。

 いざ買おうと思うと、やはり高校生にはハードルが高い。主に金銭面で。


 大人しく本屋に行こうか。


 すると、不意にズボンをクイクイと引っ張られる感触がした。

 何だろうと目を向けると、見知らぬ男の子がそこに立っていた。

 三歳くらいの、小さな男の子だ。


「どうしたの、君。お父さんとお母さんは?」


「んとね、おねえちゃん」


「お姉ちゃんと来たの?」


 男の子は頷く。

 辺りを見回してみたが、それらしき人の姿はなかった。

 どうやら迷子のようだ。


「どうしよう」


 思わぬ事態に一瞬困ったが、とりあえず今は出来ることをするしかない。

 モールの迷子センターに連れていくのが一番良さそうだ。

 迷子センターは、一階のインフォメーションの近くか。


「歩ける?」

「んー」


 男の子と手をつなぎ歩く。

 保護者の人と行き違いになってないと良いけど。

 心配しながら、男の子の手をとって慎重に進んだ。


 子供と歩くモール街は、案外広い。

 歩幅を合わせて歩くから、歩みが自然と遅くなる。

 普段一人で歩くのに比べて、何倍にも店内が広く感じた。

 将来子供が出来たらこんな感じなのだろうか、なんて勝手に考える。


 休日のモール街の店内は、カップルや親子連れなど人が多い。

 人込みを縫うようにして、僕らは進む。


 歩いていると、不意に男の子が足を止めた。

 どうしたんだろう。

 しゃがみこんで、男の子の視線を追ってみる。


 男の子は、店の一画にあるガチャポンを見つめていた。

 小さなキャラクター人形が出てくるガチャポン。

 見覚えのあるキャラクターのパッケージだった。


「ライダー」


「日曜にやってるやつだね。好きなの?」


「んー」


 子供は手を離すとかじりつくようにガチャポンを見つめている。

 離れそうにない。

 まるで地面に根を生やしたみたいだ。


 僕はため息をつくと、おもむろに肩掛けカバンから財布を取り出した。

 貴重な百円なんだけどな。

 まぁいいか。

 ガチャポンにお金を入れてあげる。


「回してみて」

「いいの?」


 男の子の目がキラキラと輝いた。

 その瞳がとても純粋で、思わず笑みが浮かぶ。

 この嬉しそうな顔で百円の価値はあるかもしれない。


 男の子の手を取って、一緒にガチャポンを回した。

 ガチャガチャとレバーが回った後、ゴロリとカプセルにつつまれて小さなおもちゃが出てくる。

 メインキャラクターの人形だった。

 どうやら当たりらしい。


「あげるね」

「ありがと」

「どういたしまして」


 男の子はキラキラした瞳で、人形をまっすぐ見つめている。

 まるで宝石を見つけたみたいだ。

 何だか嬉しくなる。


「鈴原?」


 男の子を見つめていると、不意に背後から聞き覚えのある声がした。

 振り返ってみると、そこに見覚えのある綺麗な女性が立っている。

 小鳥遊さんだった。


 普段の学校で見る姿とはまるで違う。

 先日ヒナと一緒に街で見た、モデルの格好そのものだ。

 スタイルも良く、顔の造形も整っている彼女は、人ごみに立っていても一人だけ浮かび上がって見えた。


 小鳥遊さんはこちらを見て目を丸くしている。


「何やってんの、こんなところで」


「小鳥遊さんこそ」


「私はちょっと服買いに来ただけだけど……」


 小鳥遊さんはそこで子供に目を向ける。


「弟いたの?」


「いや、全然知らない子」


「えっ?」


「迷子みたいで。今連れて行くところなんだ」


 事情を話すと、彼女は「なるほどねぇ」とうなずいた。


「鈴原、やっぱ優しいね」


「そうかな」


「私も付き合うよ。二人の方が良いでしょ?」


「でも小鳥遊さん買い物じゃあ?」


「鈴原だってそうでしょ? それに、一人で連れて行くより男女で一緒に行った方が怪しまれないよ、きっと」


「それはそうかも……」


「決まりね」


 小鳥遊さんと一緒に、男の子と手を繋いで歩いた。

 男の子の左右の手を、僕と小鳥遊さんで握る。

 背が高い小鳥遊さんは、男の子の身長に合わせるためにすこしかがんでいた。


「うわぁ、手ぇちっちゃい」

「小鳥遊さん、しんどくない?」

「全然へーき」


 三人で休日のモール街を歩く。

 僕らの姿は、まるで――


「何だか親子みたいだね」


 考えていたことを小鳥遊さんが口にした。

 言ってから恥ずかしくなったのか、「ごめん」と彼女は口にして顔を赤くする。

 微妙な空気が僕たちの間に流れた。


「こういうのも良いなって思うよ」


「……そだね」


 僕が言うと、小鳥遊さんは少し恥ずかしそうに笑みを浮かべた。


 すると、本屋の前を通った時、男の子の脚が再び止まった。

 今度は何だろう。


「タヌタヌ」

「タヌタヌ?」


 首をかしげていると、小鳥遊さんが「私、これ知ってる」と言う。


「夕方にやってるアニメじゃない? 前に見たことあるんだ」

「へぇ……」


 男の子はどうやらアニメのキャラクターを使った絵本が気になるみたいだった。

 また地面に根が生えたように動こうとしない。

 仕方なく三人で絵本を開いて眺めてみる。


 中を開くと、可愛らしいタッチで、タヌキかキツネっぽいキャラクターが冒険をしている姿が描かれていた。

 男の子は、そのイラストをキラキラとした目で眺めている。


「このころの子供は何でも新鮮に見えるんだろうな……」


「鈴原はどうだったの?」


「僕は……」


 覚えていない。

 でも漠然とした幼少時代のイメージは、頭の中に残っている気がした。


「色々輝いて見えてた気がする」


「輝く?」


「うん。光ってたって言うか、色んなものがきれいに見えた」


「へぇ……」


「小鳥遊さんはどうだったの?」


「私は――」


 小鳥遊さんはしばらく黙って考え込む。


「あんまり覚えて無いなぁ」


「まぁ、子供の頃だしね」


「覚えてる鈴原の方が凄いんだよ」


 そこでハッとした。

 ついのんびりしてしまったけど、随分時間を喰ってしまった気がする。


「そろそろ行かないと、この子の親が待ってるかも」


「あ、本当だ! じゃあもう行こう」


「んー」


 ゆっくり本を閉じると、今度は抵抗なくついてきてくれた。

 紆余曲折あって、ようやく一階のインフォメーションへとたどり着く。


「すいません、迷子なんですけど」


 僕がインフォメーションセンターの女性に話していると、不意に背後から「あ、居たー!」と賑やかな声がした。


 振り返ると、見覚えのある女性が一人。

 あの人は確か――


「サエ!?」


 小鳥遊さんが驚いたように目を見開く。

 思い出した。

 確か、小鳥遊さんと仲の良いギャル四人組の中の一人だ。

 黒髪で、大人っぽいデニムとシャツに身を包み、目元が見えないサングラスをしている。


 サエと呼ばれた女性を見て、子供は「おねえちゃん」と走っていく。

 僕と小鳥遊さんは呆然とその後ろ姿を追った。


「何やってんの、サエ」


「いやぁ、弟と妹と一緒に買い物来たんだけどさぁ、下の弟が行方不明になっちゃって。探してたんだよね」


「そう言えば兄弟居るって言ってたね……」


「居なくなった時は焦ったけど、ミナミに保護されててよかった。ほらリョウタ、ちゃんとお礼良いな」


「ありがと」


 男の子が促されて頭を下げる。

 すると、サエと呼ばれた女子は、その視線を小鳥遊さんから僕へと移した。


「えーと、君は……?」

「あ、サエ、紹介するね。私のクラスメイトで」

「鈴原です」


 僕が名前を告げると、彼女は「そっかぁ」とニヤりとした笑みを浮かべた。


「君が鈴原くんね。私、近藤サエ。ミナミの親友。よろしく」


「どうも」


「それで、どうして二人が一緒に居るの? デート?」


 小鳥遊さんの顔がボッと赤くなる。


「ち、違うから! たまたま会っただけ!」


「僕がその子を見つけて困ってたら小鳥遊さんが声掛けてくれたんだ」


「へぇ、そりゃ迷惑かけたね。ありがとう」


 その時、近藤さんのスマホが鳴り響いた。

 スマホの通知をみた彼女は「ヤバッ」と声を出す。


「妹からだ。一緒に探してたんだった。私行かなきゃ」


「それじゃあ」


「あれ? この子おもちゃ持ってる。リョータ、こんなの持ってた?」


「もらった」


「僕が買ってあげたんだ」


 僕が言うと、彼女は「あー、まじかぁ」と頭を抱えた。


「ごめん、お金返すよ」


「良いよ別に。それくらい」


「じゃあ何かで埋め合わせするわ。ミナミが」


 突然話を振られて、小鳥遊さんがギョッとする。


「何で私?」


「お茶でも奢ってあげてよ。今度返すからさ」


 彼女はいたずらにパチリとウインクすると去って行った。

 僕と小鳥遊さんだけが残される。

 何となく目が合い、どちらともなく笑みを浮かべた。


「……鈴原、時間ある?」

「うん、大丈夫」

「じゃあ、お茶しよっか」

「そうだね」


 僕と隣の席の小鳥遊さんは。

 運命の赤い糸で結ばれているらしい。

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