第16話 映画 Side - B
私と隣の席の鈴原ソウタは、運命の赤い糸で結ばれているらしい。
最初は何かの冗談かと思った。
でも私は確かに、それを見た。
駅で鈴原と突き合わせた左手小指。
そこから、赤くキラリと光る線のようなものを、確かに。
一瞬で、まばたきしたらすぐに見えなくなるほど希薄だったけれど。
私はその瞬間、彼との間に運命を感じた。
鈴原は、きっと誰にも言っていなかった過去を話してしまって落ち込んでいたと思う。
でも私は、嬉しかった。
今まで脈があるのかないのかも分からない鈴原と、近づけた気がしたから。
「映画、見ようよ。鈴原」
だから私は彼を映画へ誘った。
多分彼は帰りたがっていたかもしれないけれど、逃がしてやるもんか。
「でも、何を?」
「あれ」
私が鈴原に提案したのは、ここ最近話題になっているアニメ映画だ。
ラブロマンスものとかでも良さそうな気がしたけど……鈴原は興味ないよね。
※
「ねぇ、カオリ。おススメの映画とかってある?」」
「えー? どうしたの、急に?」
「実は、今度鈴原を映画に誘おうと思ってるんだよね」
「おやおやぁ? ついにそこまで進展かぁ?」
「分かんないけど、ちょっとずつ鈴原のこと、知れてると思う。鈴原も私のこと、知ってくれてると思うし……」
「ラブラブじゃーん」
「……ちょっと、からかわないでよ。真剣なんだから」
「ごめんごめぇん。でも鈴原くん、映画とか見るの?」
「分かんないけど、カラオケとかボーリングとかよりはいいと思って。あいつ、本好きだし」
「あーね? 確かにイメージないなぁ。それだったら、今はアレがおススメかも。ほら、今テレビで話題になってる監督の新作でぇ――」
※
カオリに事前におススメの映画とか聞いておいて正解だった。
クラスで誰でも分け隔てなく話すカオリは、案外色んなものに詳しい。
アニメ好きの子とも話すし、スポーツマンの話題にもついていける。
だから私が好きそう、かつ鈴原に合いそうなおススメ映画も、すぐに提案してくれた。
私たちが見た映画は、とても面白かった。
現代世界と異世界が交錯する作品で、途中で伏線回収なんかもあって退屈しない。
でもそれより私は、主人公の男の子が何だか鈴原に見えて仕方がなかった。
私に過去の話をした鈴原は、とても寂しそうな顔をしていた。
彼はきっと、この映画の男の子のように、何度も孤独を感じていたのだろう。
教室の一番隅っこで、誰とも話すことなく本を読む男の子。
その姿と、映画に出てくる寂しそうな男の子の姿が、なんとなく重なる。
「めっちゃ可哀想じゃん……」
思わずぼろぼろと涙が出た。
「めちゃくちゃ面白かったね」
映画を終えて私たちは近くの喫茶店に入った。
鈴原のことだからすぐに解散しようとか言うかなと心配したけど。
案外この時間を楽しんでくれているのかもしれない。
「ストーリーの展開が意外だったね。少年があんな秘密を抱えてたなんて」
「あー、たしかにそこもよかったかも。後半の伏線回収が凄かったって言うか。でも、私が一番よかったのは、あの男の子のキャラかなぁ。なんかすっごい共感しちゃった」
「共感?」
つい口に出してしまって、しまったと思った。
勝手に主人公の男の子に鈴原を重ねていたなんて言われたら、気持ち悪がられるかも。
「少し……私と似てるなと思って」
我ながら苦しい言い訳な気もしたが……通るか?
「小鳥遊さんと?」
鈴原が身を乗り出す。
よかった、どうにかごまかせそうだ。
少しずつ話題を私の過去の話に移してしまおう。
そう思い、口がスルスルと言葉を紡ぐ。
鈴原は、私の話をちゃんと聞いてくれる。
真剣すぎもしないし、ふざけてもいない。
適度な距離感なのが分かって、それが何だか心地よい。
重たい話をしても、そこまで空気は悪くならない。
だから、私も普段口にしないようなことまで言ってしまえるんだ。
でも鈴原はどうだろう。
家族にも、何があったかまでは言っていないみたいだし。
彼の苦しみを抱えてくれる人は、居るんだろうか。
「ねぇ、鈴原」
「どうしたの」
「一人はやっぱり、寂しいよ」
気が付けば、そんな言葉が口から出る。
飾りでも、嘘でもない。
私の本心だ。
「だからさ、もし鈴原が良かったら、また話してよ。鈴原のこと。私、聞くからさ」
私は鈴原の秘密を知った。
だから、私は――私にだけは、苦しかったり、悲しかったりした時、話してほしい。
私が言うと、鈴原は。
「うん、ありがとう」
と言って、静かに笑みを浮かべた。
その笑顔は、私の心臓をドキリとさせる。
心臓が高鳴るのを感じ、吸い込まれるように彼の顔を見た。
「笑顔、めっちゃカワイイ……」
いっつも能面みたいな顔してる癖に。
その顔は、ちょっとズルい。
私の言葉に、鈴原は首をかしげる。
「はい?」
「な、何でもない!」
絶対今、私の顔赤くなってる。
◯
帰りの電車に二人で乗るころには、ずいぶんと空が赤くなっていた。
この時間は学校や会社帰りの人が多いらしく、割と混んでいる。
「小鳥遊さん、大丈夫?」
「うん。鈴原こそ」
人ごみに押され、どんどん端に追いやられる。
どうしようかなと思っていると、ちょうどあいた入り口横のスペースに鈴原が誘導してくれた。
お言葉に甘えて、そこに入る。
人がどんどん増えてきて、まるでおにぎりみたいな状態になる。
ぎゅうぎゅうになって、やがて耐え切れずに鈴原が押され、私と密着する形になった。
「ごめん」
「いいよ。し、仕方ないじゃん」
……距離が近い。
私がちょうど鈴原を抱きかかえるような姿勢になっている。
彼の頭の部分にちょうど私の胸があるため、当たらないように首を上手く曲げてくれていた。
そうしたちょっとした心遣いが、彼の誠実さを感じさせるようで、何だか嬉しい。
鈴原の頭から、良い匂いがする。
シャンプーの匂いかな。
よく見れば耳元にほくろがある。
まつ毛も結構長いんだ。
普段見られない部分を、マジマジと観察してしまう自分がいる。
もう少しだけくっつきたいな。
手とか、回したらバレちゃうだろうか。
でも、今なら何とでも言い訳が出来そうだ。
鈴原に気づかれないように、私はそっと、彼の背中に手をまわしてみる。
ゆっくり、ゆっくりと、彼の体を引き寄せてみた。
後ろから押されていると思っているのか、鈴原は気づいていない。
ヤバい。
心臓がドキドキしすぎて鈴原に聞かれそうだ。
ガタン、と音がして思わず手を離した。
「小鳥遊さん、次だね」
「う、うん……」
間もなく目的の駅だ。
私はここで降りることになる。
危なかった。
気づかれたかと思った。
安堵の息が漏れる。
もう少しだけ、こうしていたかったな。
やがて電車が停車し入り口が開いた。
「それじゃあ、鈴原。また」
「うん。学校で」
人の流れに乗って私は下車する。
そのまま運ばれるように改札へ向かった。
電車にいる鈴原の姿は、もう見えない。
改札を抜けると、ようやく人ごみから解放され、ぐっと伸びをした。
そのまま一人で家へ向かって歩き出す。
心がまだ戻ってきていない。
先ほどの緊張が色濃く満ちる。
私の体には、先ほどの鈴原の感触がまだ残っていた。
華奢で、草食動物みたいで、だけど目つきは鷹みたいに鋭くて、その奥には寂しさを抱えてる人。
「いつか本当に、こうやって抱きしめられるかな」
そうなったらいいなと、心から願った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます