第16話 映画 Side - A
駅を出た僕たちは、改札を抜けて映画館へと向かった。
会話が無くて気まずい。
さっきの騒動で、すっかりお通夜ムードだ。
このまま解散になるかと思ったが。
「映画、見ようよ。鈴原」
意外にも小鳥遊さんは映画を見たがった。
「でも、何を?」
「あれ」
小鳥遊さんが指さしたのは、映画館の表にでかでかと看板が出ている、アニメ映画だった。
今かなりヒットして話題になっているやつだ。
「前から気になってたんだよね。知ってる?」
「CMで何度か見たことあるよ。小鳥遊さんもアニメとか見るんだね」
「まぁ、それなりには? って言っても、ジブリとか有名なやつくらいだけど。で、どうかな?」
「良いと思う。実写のラブロマンスものだったらどうしようって思ってたから」
「じゃあ決まりね」
小鳥遊さんは後ろに手を回して嬉しそうに笑みを浮かべた。
その笑みは、何だか僕の胸をくすぐる。
テスト終わりの平日の午後と言うこともあり、観客はそれほどいなかった。
僕たちは一番中心らへんの席を二つ確保する。
映画を見るには最適な位置だ。
「普段は黒咲さんたちと映画見たりするの?」
「みんなで集まったら、ショッピングとか、ボーリングとかの方が多いかなぁ。あんまりお金使えないから、誰かの家に集まって話したりしてるかも。あ、でも、この前カオリの家に泊まった時はみんなで映画見たよ。カオリの家、大きいテレビがあって、迫力あるんだよね」
「へぇ……」
僕とは全く無縁の過ごし方だなと感じる。
こういう細かい部分で、僕と彼女の生きる世界が違うのだと実感するのだ。
ただ、それが嫌かと言うと、そうでもない。
小鳥遊さんの話は、僕の知らない世界を見せてくれる。
閉ざした世界を、彼女が開いてくれるような気がした。
「そろそろ始まるね」
「うん」
僕たちが見た映画は、現代を舞台にした二人の少年少女が出会う物語だった。
ある日、ひょんなことがきっかけで家出した少女と、不思議な少年が出会う。
世界に生まれる
少女は少年の抱えた孤独や使命を知り、二人はやがて恋に落ちる。
最後の歪を解決するため、少年は歪を閉ざすため自分の記憶を使う。
すべてを終えた時、少年の中に少女との記憶はなかった。
でも少年は、少女のことを確かに覚えている。
彼の中には、少女の与えた愛が確かに残っていたのだ。
面白い映画だなと思い、思わず見入る。
雄大な映像美と、映画館ならではの音響の迫力。
画面に大きく衝撃が走るシーンは、実際に世界が揺れているような錯覚すらした。
先ほどあった最低の出来事も、映画を見ているとどこか気がまぎれる。
思えば家では本ばかり読んでいて、映画を見ることはあまりなかった。
そうした背景もあり、余計新鮮に感じた。
夢中になってみていると、不意に横から「ぐすっ……」と洟をすする音が聞こえる。
気になってふと目を向けると、小鳥遊さんがぐずぐずに泣いていてギョッとした。
「めっちゃ可哀想じゃん……」
小声で呟いている。
大丈夫だろうか。
最後まで映画を見終わった小鳥遊さんは「ちょっとトイレ」と慌てた様子で走っていった。
多分化粧が崩れてないか確認しに行ったのだろうな、と何となく察する。
戻ってきた彼女はいつも通りだったが、微妙に目元が腫れていた。
「めちゃくちゃ面白かったね」
映画の余韻が冷めず、僕たちはそのまま近くの喫茶店に入る。
僕の対面に座る小鳥遊さんは、上機嫌だ。
「ストーリーの展開が意外だったね。少年があんな秘密を抱えてたなんて」
「あー、たしかにそこもよかったかも。後半の伏線回収が凄かったって言うか。でも、私が一番よかったのは、あの男の子のキャラかなぁ。なんかすっごい共感しちゃった」
「共感?」
あまりピンとこない。
主人公の女の子は普通の女子高生だったが、男の子は異世界人だ。
元の世界では歪を封印する役目を持っていたが、失敗して故郷を滅ぼされる。
生き残った彼は、一人で使命を背負い、歪を追いかけて現代にやってくる。
共感する要素などあっただろうか。
「何かさぁ、寂しそうって言うか。ずっと気を張っているつもりでも、実は弱くて、その弱さを認めたら負けちゃう気がして、強がるの。少し……私と似てるなと思って」
「小鳥遊さんと?」
「前言ったじゃん。バスケ部だったけど、合わずに辞めちゃったって。あの時も、本当はずっと苦しかったんだけど、表では強がってたんだよね。だからカオリたちの前では平気なフリしてた。でも、家に帰っても誰も居なくてさ。一人で泣いてたんだ」
「そうだったんだ……」
小鳥遊さんも、僕と同じ時期に同じような悩みを抱えていたのかもしれない。
僕とは少し性質は違うのだろうけれど、本質は一緒な気がした。
「落ち込んでたら、叔母さんが声掛けてくれたの。『ミナミ、モデルやってみない?』って。もともと背は高かったし、バスケやってたお陰で体も鍛えてたからさ。ちょうど良かったな。モデルのお仕事をして、また頑張ろうって思えるようになった」
「モデル業が、小鳥遊さんを立ち直らせてくれたんだね」
「まぁ、カオリたちが居たおかげもあるけど。みんなフラットだからさ、一緒に居てて楽って言うか」
「そっか」
何故か僕は、少しだけ寂しさを覚える。
小鳥遊さんには、支えてくれる人がいたんだな。
僕はどうだっただろうか。
一番辛い時期に、学校ではのけ者扱いされ、家族には言い出すことが出来なかった。
それでもいいと思っていたけれど、暗闇の中に一人立たされているような、漠然とした孤独は抱えていたのかもしれない。
僕が考え込んでいると、いつの間にか小鳥遊さんが僕の顔をジッと見ていた。
何だろう。
「ねぇ、鈴原」
「どうしたの」
「一人はやっぱり、寂しいよ」
彼女はどこか遠い目をする。
昔の悲しかったことを思い出しているかのように。
「だからさ、もし鈴原が良かったら、また話してよ。鈴原のこと。私、聞くからさ」
「うん」
僕は頷くと――
「ありがとう」
心からの笑みを浮かべた。
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