第7話 読者モデル Side - B

 雑誌の表紙に出て欲しい、と言われたのは突然だった。



「表紙?」


 私が尋ねると、サトコ叔母さんは「そう」と頷いた。


「依頼してた子が急病でキャンセルになっちゃってね。代わりの子も見つからなくて困ってるの」


「だからって私に頼む? jujuジュジュ専属のモデルさんとかいるんじゃないの?」


「他にスケジュール入ってて都合つかないって」


 親戚のサトコ叔母さん。

 お母さんの妹で、ティーン向けファッション誌『juju』の編集長をしている。


 私の両親は仕事が忙しく、出張で週の半分以上家を空けることも珍しくない。

 家で一人でいる私を心配して、こうしてサトコ叔母さんが様子を見に来てくれるのだ。


「でも、jujuの表紙なら他の事務所でもやりたいモデルさんいるでしょ? 読者モデルで出てる私より、プロのモデルさんに色々声かけてみたほうがいいんじゃないの」


 私は高校に入ってから、サトコ叔母さんの誘いで度々『juju』に出させてもらっている。

 専属モデルではなく、体裁としては読者モデル扱いだ。

 モデルの数が足りなくて困った時、ピンチヒッターとして出ていたのだが、徐々にそれ以外でも起用回数が増えてきてはいた。


 するとサトコおばさんは「分かってないわね」と首を振る。


「誰でもいいって訳じゃないの。『juju』のイメージを保つことの出来る素養やオーラがない人間は雇えない。適当な人間を起用するくらいなら、デザインイラストを起用したほうがマシよ」


「じゃあますますちゃんとした人確保してリスケした方が良いんじゃ……」


「ミナミ。私が、あなたを起用したいと思ったの。親戚だからじゃない。あなたには『juju』の表紙を飾っても文句を言わせないだけのカリスマ性と美しさがある」


「そうかなぁ」


 自分ではわからない。

 プロのトップモデルと違って、私は特別な食事制限もしてない。

 多少家で筋トレはしているけれど、逆に言うとやっていることはそれだけだ。

 読者モデルが表紙にされるなんてかなり稀だし、そんな器量が自分にあるとは思えなかった。


 でも叔母さんは「間違いないわ」と言う。


「これはあなたにとってチャンスなのよ。ミナミは食生活がゴミだからプロとしてやるにはもう少し意識が欲しいけれど」


「ゴミって……」


 否定は出来ないがもう少し言葉は選んでほしい気もする。

 そんな私の気も知らず、叔母さんは続ける。


「将来的に見てもあなたのキャリアになるのは間違いないわ」


「あんまり興味無いけどなぁ」


 キャリアだの、プロだの、今の私には縁遠い話に見えた。


 モデルを始めたのだって、元々は叔母さんを助けたいからだと思ったから。

 何か明確な目標があって始めたと言うよりは、新しい世界を見て見たいと言う好奇心の方が強かっただけだ。


 でも、まぁ。


「叔母さんがそこまで言うのなら……」


 ◯


 日曜。


「じゃあミナミちゃん! 今日はよろしくねぇん!」


「よろしくお願いします」


 私は『juju』専属カメラマンである、北村さんの撮影スタジオに来ていた。

 この人とは顔なじみで、過去に何度か撮影をしてもらったことがある。

 男性だけど、心は女性らしい。

 安心して任せられるカメラマンの一人だ。


「北村さんがカメラマンでよかったです。慣れない人だったらどうしようかなって」


「いいのいいの。ミナミちゃんの撮影って聞いて、いの一番に掛け合ったわよ。しかも今回は表紙なんでしょ? 大出世じゃなぁい」


「ええ、まぁ。全然自身はないですけど」


「虚勢でも大丈夫よっ! モデルは毅然としてなきゃ。女は度胸……! ほら、しっかり目線決めて頂戴!」


「はい」


 午後三時ごろ。

 つつがなく表紙の撮影を終え、次はスナップを取りに街へ。

 様々な服に着替えながら、日常風景っぽい自然なスタイルで写真を撮っていく。


「お疲れ様ぁん! これで撮影は終了よぉん!」

「うぇえ……疲れた」


 数百枚の撮影を終えたとき、ようやく撮影が終了となる。

 朝からほとんど撮影だったので、すっかり疲れ果てた。


「ミナミちゃん、この後どうするの?」


「日はもう帰っちゃいます。北村さんはまたスタジオですか?」


「そうねぇ。せっかくの表紙だし、ちゃんと写真を厳選したいもの」


 ここからさらに選定と編集作業とは、頭が下がる。

 北村さんにお礼を言って、ようやく一人になった。

 何だかどっと疲れが来る。


「帰ろ……」


 歩き出そうとすると、ふいにガラス越しに見覚えのある顔があった。

 思わず目を見開く。


 鈴原ソウタが、ファミレスにいた。

 窓越しに目が合う。


「あいつ……! 何で女の子と一緒にいるの……!?」


 デート? そんなはずない。

 いや、しかしもしかしたら。


 完全に認知されたので開き直って、窓越しに「隣にいるのは誰だ?」と伝える。

 しかしうまく伝わっていないのか、鈴原は首を傾げた。


「あぁあ! もう! 何か仲良さそうに話してる!」


 イライラしていると、今度は二人して会釈してきた。

 舐めてるのか。

 思わず地団駄を踏む。


 もしあれが鈴原の彼女だとしたら。

 放ってはおけない。

 こちとらまだ恋愛の舞台にまで立てていないのだ。

 最初から蚊帳の外だったなど、納得できるはずがないのである!


 私は足早に店の入り口に向かうと、中にいる鈴原の元へと向かった。

 歩いてきた私を見て、二人とも驚いた顔をしている。


「な、何やってんの、ここで」


 震える声でそう尋ねた。

 しかし鈴原は「デザート食べてただけだけど……」などとのたまう。


 そうじゃない!


「何やってんの、ここで」


 手が震えていた。

 よもや自分がここまで怒ることになるとは。

 浮気された気分だ。

 付き合ってないどころか、数えるほどしか会話していないが。


「……買い物をして、疲れたからちょっと休憩してる」


 んなぁぁぁあ! だからそうじゃなくて!!

 何と話の意図が読めないやつだ。

 鈍感なのもここまでくると犯罪である。


 私が一人でイライラしていると、女の子の方が「あのー……」と手を挙げた。


「さっき、モデルの撮影してましたよね。めっちゃ格好よかったです!」


「は……? あっ、えっ? どうも?」


 褒められると思っておらず面食らう。

 何だかキラキラした瞳を向けられている。

 一体なんだ。


「小鳥遊さんは読者モデルさんなんですよね!? どうやったらなれるんですか?」


「えっ?」


 何だその質問。


「私もなれますか!? 読者モデル!」


 モデルになりたいのか? この子。

 確かによく見るとオシャレだけど。

 ここまで食いつかれると思っていなくて予想外だった。

 怒りも思わず引っ込んでしまう。


 すると彼女はハッとしたように「ごめんなさい」と頭を下げた。


「お兄ちゃんにこんな素敵なクラスメイトがいると思ってなくてビックリしちゃって」


「お兄ちゃん!?」


 と言うことはつまり、この子は。


「ごめん、紹介が遅れたけど。妹のヒナです」


 鈴原の紹介に、私は唖然と口を開く。

 それと同時に、全身に異様な汗が噴き出した。


 つまり私は、兄妹水入らずのお出かけを見て勝手に勘違いし、一人でブチ切れて割って入った意味不明な女と言うことで。


 事実確認をほとんどまともにしないまま、鈴原に浮気(?)の嫌疑をかけたことになる。


 視線が安定しない。

 恥ずかしさで死にたくなる。


「じゃ、じゃあ鈴原は兄妹で買い物してたってこと!?」

「まぁ……」


 あ。

 ダメだ。

 死のう、そうだ死ぬしかない。


 私はカサついた笑いを浮かべた後、「じゃ、じゃあ私はこれで!」とダッシュでその場を逃げした。


 安堵と恥ずかしさと疲労やらなんやらで全身が爆発しそうになる。


「さ、最悪や……!」


 思わず関西弁がこぼれ出るのだった。

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