第14話 団欒 Side - B
「それじゃあ、また」
鈴原の家を出て、鈴原のおばさんの車に乗せてもらう。
私が助手席。
相手が運転。
……き、気まずい。
何?
何か話した方がいいの?
でも何話したら良いんだ。
スマホ見て適当にやり過ごす手もあるけど。
って言うかタクシーじゃあるまいし、めちゃくちゃ感じ悪いよね……。
街灯が視界を抜けていく。
車内にエンジン音が響いている。
夜の街は、何だか異世界にも思えた。
私が一人で内心あたふたしていると、「ありがとうね、小鳥遊さん」と言われる。
「ソウタと仲良くしてくれて」
「あ……私こそ、仲良くしてもらってて」
「あの子、物静かでしょ。動じないっていうか、何考えているのかわからないとこもあるから。そう言うの、塩対応って言うんだっけ?」
「私も、学校では塩対応って言われてます」
「そうなの? 以外ねぇ」
話しかけてもらって安心する。
鈴原も話しやすいけど、この人から血が受け継がれたんだろうな。
何となくそう思った。
「今度またうちに来る時は、お父さんにも挨拶しておうかしら」
「お、お、お父様……? ですか?」
「ええ、きっと喜ぶわ」
「今日はお仕事か何かで?」
するとおばさんは首を振り
「亡くなったの。ソウタがまだ小学生のころ」
と言った。
「亡くなった……?」
「ええ、病気でね。ごめんなさいね、紛らわしい言い方しちゃった」
「そんなこと……ないです。じゃあ、ご挨拶っていうのは」
「お仏壇にね。奥の部屋にあるから」
「そうだったんですね」
「優しくて、お人好しな人でね。いっつも笑顔で、ニコニコしてる人だったわ。ソウタと全然違うでしょう? あの子いっつも真顔だから」
「まぁ、確かに……」
でも。
「ソウタくんは、笑顔が印象的な人だと思います」
私は静かにそう言った。
おばさんが、耳を傾けてくれるのが分かる。
「私がソウタくんを思い出すと、いつも笑ってる姿が思い浮かぶんです」
「意外ねぇ。あの子、家でもほとんど笑わないから」
「学校でも基本そうなんですけど、時折、ふいにポロッとこぼれるんですよ。何て言うか、それが可愛くて……あっ」
思わず失言してしまった。
顔が熱くなるのを感じる。
そんな私をからかうこともなく、おばさんはなんだか嬉しそうな顔をしていた。
「ソウタは素敵な友達を持ったわね」
ハンドルを握りながら、おばさんはつぶやく。
「あの子、無意識に人と関わるのを避けるところがあったんだけど。小鳥遊さんに出会って変わったみたい」
「避ける?」
「小学校のころにね。友達と色々あったみたいで、人と関わらないようにしてきたみたいなの。それまで仲良かった友達とも、みんな疎遠になってしまって」
「そうだったんですか……」
そんな素振り、学校ではみえなかった。
いや、見えなかったんじゃない。
私が、見てなかったんだ。
自分のことだけで、表側の目立つところしか見てなかった。
人付き合いが苦手なのかなとは漠然と思っていたけど。
自分から避けてたからなんて、思わなかった。
鈴原は、素の私を見ようとしてくれたのに。
私は、鈴原の何を見てきたんだろう。
もしかしたら、鈴原は暗いからって、無意識に見下していたのかもしれない。
だから友達がいないんだって。
私は……とんでもない馬鹿だ。
「大丈夫? 小鳥遊さん?」
「あ……大丈夫です」
声を掛けられ、ハッとする。
私が目を向けると、おばさんは「心配しないで」と言った。
「あなたと一緒にいると、たぶんソウタも、あなたも、変わるんだと思う」
「私も?」
「ええ。化学反応が起こるんじゃないかって、楽しみにしてるの」
「化学反応……」
「だから、これからもソウタのこと。よろしくお願いします」
「こちらこそ!」
◯
マンションの前までたどり着いて、車を降りる。
「それじゃあ、ありがとうございました」
「気を付けて帰ってね」
「はい」
おばさんの車が走り去るのを見送って、私はマンションに入った。
入り口でカギを回してオートロックを開け、エレベーターで上の階に。
たくさんの人が住んでいるのに、妙に静かなマンション内は、まるでこの世界から人が消えたようにも感じられる。
「ただいま」
家に帰るも、中は真っ暗だ。
父と母は、二人とも今出張中だったか。
もうずいぶんと長い間、顔を見ていない気がする。
時折、サトコ叔母さんが来てくれる日以外は、基本的に一人だ。
お風呂に入り、髪の毛を乾かして一息つく。
「今日ははよ寝ろって言われたっけ」
ホットミルクを飲みながら、なんとなく天井を仰ぐ。
ずいぶん高い天井。
不釣り合いなほど広い部屋。
窓から見える美しい夜景。
それらは私の孤独を実感させる。
「鈴原の家……おもろかったな」
もっと、鈴原について知りたい。
そんな気持ちが、胸に芽生えていた。
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