第14話 団欒 Side - A
カチャカチャと食器類がぶつかる音がリビングに響く。
我が家の食卓に小鳥遊さんがいるのは、なんだか新鮮だ。
我ながら、つい数時間前まではこんなことになるとは思いもしていなかった。
「でも驚いたわ。ソウタにこんな綺麗なお友達がいるなんて」
「お兄ちゃん今まで友達いなかったもんね?」
「まぁね」
「否定しないんだ……そこ」
小鳥遊さんがあきれ顔で笑う。
そんな彼女の様子を、ヒナがじっと見つめていた。
「小鳥遊さんは、お兄ちゃんと付き合ってるんですか?」
「つつつ付き合う!?」
ボッと火が付いたように彼女は顔を赤らめた。
「あらぁ? そう言えば最近、ソウタがお弁当余分に持って行ってたのって……」
「おやおやぁ?」
「ちちち、ちゃうんです! ああああれはその……」
「あら、関西弁? 関西出身なの?」
「あぐ……」
「別に付き合ってないよ。仲良くなっただけ」
僕が静かに否定すると「あら、残念ねぇ」と母が頬に手を当てる。
このまま黙っていると気まずい空気が流れる気がして、言葉を続けた。
「小鳥遊さんは隣の席なんだ。それで話すようになって」
「私が毎日、購買のパンとかばっかりだったから。心配してくれたんです」
「えぇー? それでもわざわざお弁当作ったりするぅ?「ヒナ」」
ヒナが身を乗り出そうとすると、ピシャリと母が言葉を被せる。
呆然とした顔で、ヒナは母を見た。
「こう言うのはね、見守るものよ」
そして母はにっこりと笑った。
言っている意味はあまり理解できなかった。
だけど何だかそれは、何もかもを見透かされているようで。
妙な気恥ずかしさが沸き上がる。
ふと隣の小鳥遊さんを見ると、彼女は顔を赤くしたままカレーを食べていた。
「小鳥遊さん、顔赤いけど」
「鈴原だって赤いじゃん」
「……ちょっと辛かったかもしれないね」
「そだね……」
そんな僕たちを、微笑ましいものでも見るかのように母とヒナが眺めていた。
◯
「ふぅ、お腹いっぱい。おかわりまでしちゃった」
「小鳥遊さん、お腹減ってたんだね」
「だって美味しいから。辛いのに後引く酸味があるっていうか」
「トマトカレーだよ。トマト缶と、あと無添加の野菜ジュースを混ぜてるんだ」
「へぇぇ……全然わかんなかった」
「小鳥遊さん! テレビ一緒に見ましょうよぉ!」
「アハハ、いいよ」
何だかすっかり小鳥遊さんとヒナが仲良しだ。
もともと趣味も近いみたいだし、馬が合うのかもしれない。
洗い物をしながら二人を見て何気なく考える。
小鳥遊さんは、人からよく距離を取られるのだと言っていた。
だけどこうしてみると、とてもそんな風には見えない。
普通の、どこにでもいる、優しい人に見える。
「ソウタ、ありがとうね」
ふと見ると、母が横に立っていた。
僕が洗ったお皿をキッチンペーパーで拭いてくれている。
何となく、洗ったものをそのまま手渡す作業工程が生まれた。
「悪いわね、いつも手伝ってもらっちゃって」
「別に。母さんこそ休んでていいよ。仕事で疲れてるんでしょ」
「大丈夫よ、これくらい」
母はどこか優しい視線を小鳥遊さんに向ける。
「あの子、いい子じゃない」
「学校ではちょっとキツイイメージあるけどね」
「緊張しいなのかもしれないね」
「緊張しい?」
「ちゃんと受け答えしなきゃって。構えちゃうのかも」
確かに小鳥遊さんは不器用なところがある。
だから、ついつい、力が入ってしまうのかもしれない。
本当は優しくて、感情的で、思いやりが深い人なのに。
ただ、見た目や立場から『怖い人』というイメージがついてるのかも。
僕も友達は全然いない。
でも、僕と小鳥遊さんでは、立場や状況が違う。
僕は進んで孤立する道を選んだ。
でも小鳥遊さんは違うはずだ。
――人と折り合いが悪かったんだよね。
図書室で僕にそう語った小鳥遊さんは、寂しそうな顔をしていた。
本当に彼女が進んで人との関わりを拒んだり、限定しているのであれば。
そんな表情はしないはずだ。
「何かしてあげられないかな」
気が付けば、そんな言葉がポソリと漏れていた。
力になってあげたい。
そう思う自分がいた。
そんな僕を見て、母がフッと笑みを浮かべる。
「きっかけがあると良いのかもね」
「きっかけ?」
「本当は優しい人だって。みんなが知ってくれるきっかけ。理解してくれたら、きっと好かれるわよ」
「そっか……」
小鳥遊さんへの誤解を解くきっかけ。
どうやったら、そのきっかけを作れるんだろう。
もちろん、本人が望んでもないのにそんなことをするのは、ただのおせっかいだけれど。
もしそうじゃなければ……。
何か、僕にも出来ることがあるのかもしれない。
僕はもう少し、小鳥遊さんについて知らねばならない。
そんな気がした。
◯
「じゃあ、小鳥遊さん送ってくるわね」
「うん、ありがとう」
「よろしくお願いします」
夜21時。
玄関先で、ヒナと一緒に小鳥遊さんを見送る。
「鈴原、今日はごちそうさま。ヒナちゃんもありがとう」
「小鳥遊さん、またいつでも来てくださいねっ! モデルのこと、もっと教えてください!」
「それは良いんだけど……迷惑じゃない?」
チラリと小鳥遊さんが僕を見る。
僕はそっと首を振った。
「僕も楽しかった。小鳥遊さんがよかったら、また来てほしい」
「……うん!」
彼女の表情がパッと明るくなる。
「また来るね。誰かと食べるご飯、美味しかった」
「昼も一緒に食べてるでしょ」
「夜はまた別」
「明日のテスト、頑張ろう」
「当たり前じゃん」
「今日は追い込みかけずに普通に寝た方がいいよ。睡眠不足だと泥酔状態と同じくらいのパフォーマンスしか出ないらしいから」
「鈴原って変な雑学知ってるよね……」
母と小鳥遊さんの姿が見えなくなる。
「はぁあ、帰っちゃった」とヒナがつまらなさそうにつぶやいた。
「お兄ちゃん、本当に付き合ってないの」
「付き合ってないよ」
「付き合う気は? 好きなんでしょ? 小鳥遊さんのこと」
「好き……?」
「だってお弁当作ったり、夕食に招待したり、一緒に勉強したり。普通しないでしょ。小鳥遊さんだって、好きでもないのに来ないと思うし」
「それは確かにそうかもしれないけど……」
僕はなんとなく、左手小指の赤い糸を眺める。
切れることのないその糸は、僕と小鳥遊さんの間でつながっていた。
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